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アルテミス・・・」


 

 「私は地獄に落ちたいと思う。

 

月は、狩人の女神である。1969年に人類によってその楽園を汚されて尚、

女神はその姿を中天に示し、夜の帳に光を与えて止まない。

現在、月では戦闘が行われている。

 

2882年に始まったこの戦争は瞬く間にその支配領域を広げ、今やこの楽園は装甲戦闘服に身を固めた降下猟兵の戦場と化し、

不毛の土地に付与された「戦略的価値」をめぐって人類は戦闘を続ける。

 

「五秒前………降下!」

 

 新型機を受領して喜ぶのは新兵ばかりだ。

「火の玉」と名付けられた火力も装甲も索敵能力も不足した従来の戦闘服の代替として支給された新型機は

稼働率、整備性、信頼性の点では全て未知数であり

幾多の戦歴と数多の犠牲者の上に築かれた実用的価値は得られていない。

それらは、これから獲得される。

戦歴と犠牲者によって。

強化された火力、強化された装甲、強化された索敵能力。

 

それが必要とされる状況。

それが必要とされる戦場。

 

「降下地点を確認、全機散開せよ。ディスペンサー作動」

 

地上に蠢くものは無垢な獲物などではなく、セラミックの装甲とレーザーの火箭を持った敵影。

彼らもまた狩人なのだ。手のひらの上で我等は踊る。

 

「メーデー!減速装置が作動しない!回避運動が取れない、流される・・・・・・誰か、誰か助けてくれ!!」

 

女神は1/6の重力でその手を伸ばし、不運な狩人を己が下へといざなう。

緩やかな死、汚されることのない楽園。

私は決してそこになど行かない。

私は地獄に落ちたいのだ。

 

「識別信号、消失を確認。阻止砲火を受けた模様」

 

彼は何処に行ったのだろう。

 

 

「ファイアサポート、セクター4−6に自走高射砲を発見。こちらの有効射程外、照準射を行う」

「反射光を確認。支援砲撃を実行する」

 

従軍牧師の引用するどんな種類の教典にも、地獄に対空砲火が存在するとは謳っていない。

ただそのことだけでも、私は地獄に落ちたいと思う。

楽園は、天国は――

天国からは人が落ちる。

堕天使に係る重力はどれほどであろうか。

不定形の円弧を描き、無形式のステップに習い、降下猟兵は舞い降りる。

魂の安らがぬ園に。

眼前の敵を倒し、その次の敵を倒し、次の、その次の、更に次の、そしてまた次の

最後の敵を倒したならば、新たな敵を求むるべし。

我は降下する狩人。戦いに果てはなく、ただ生命にのみ終わりが来る。

 

「落着!丁度良い、残骸が遮蔽物になるぞ」

 

待ち受けるは戦歴と犠牲者。

亡者よ命あるものを守れ。何事にも先達はあらまほしきこと也。

水のない泥沼に足を踏み入れ、灰色に茂る密林に分け入り、彷徨う視線は命を求める。

照星の示す命、照門に識別される命。死者の予備軍――

 

「敵歩兵、前方の砲弾孔の中だ!燻り出せ!!」

 

order of battle に従い、すみやかに正規軍に編入されたし。 

貴官の任地は――天国か?それとも地獄か?

 

「パスファインダー1よりコンダクター、LZを確保。中隊各員へ!一小隊、二小隊は残兵を掃討。三小隊、兵装コンテナを回収!

 総員、反撃に備えよ」

「コンダクターよりパスファインダー1,増強波は現在後方に展開中、パスファインダーの奮戦を祈る」

 

「警報!10時方向より高速飛翔体多数接近。ファイアサポート、迎撃せよ」

 

「3機が阻止弾幕を突破!・・・爆散!!」

「全員防護姿勢を取れ!」

 

天に矢が溢れ、死者も生者も等しくその裁きに身を委ねる。

人よ、流星を恐れよ。運の無い者は死ね。更に無い者は二度死ね。

戦場は天国でも地獄でもない。

魂の終わり無く燃え続ける場所、

煉獄。

試練を生き延びた者には、再度の恩寵を。

 

「・・・!酸素・・・」

「シーカー破損、見えない・・・見えない・・・」

「コンダクターよりパスファインダー全機、戦線を維持せよ。パスファィンダー2、部隊指揮を継続せよ」

「パスファインダー2よりコンダクター!増援はどこだ!!」

「後方に展開中」

 

後に続く者達は、既に準備されている。

墓場を作るための土地は、あらかじめ用意されている。

月は、狩人の女神である。

女神がいなければ、人類がここまでやって来ることはなかっただろう。

 

「2時方向、稜線上に観測機!ヤツを潰せ、修正射が来るぞ」

「突撃班、前へ!」

 

 そして私は立ち上がり、私の敵を睨め付ける。私は天国になど行かない。私は地獄に落ちたいのだ。

私の傍らには女神が立ち、腕を取り、狩人の矢に祝福を与う。

彼の者の傍らにもやはり女神は立ち、同様に祝福を与え、

彼等も、そして我々も等しく――夜の帳のその上で、中天に坐して人類を嘲笑う、不毛の楽園を支配する狩人の女神、その名は

 

 


 以上は去る7月18日、我が軍の第206砲兵大隊司令部に行われた強襲攻撃に際して大破、戦場に遺棄された敵軍の新型宇宙用装甲戦闘服

(敵軍はこの新型機を「ヘビの目」と呼称する模様)のボイスレコーダーより回収された搭乗員の音声並びに戦闘交信の記録である。

前線に於ける疑心暗鬼的な風評とは裏腹にこの新型機はシステムとしては未完成の観が強く、

今回の攻勢に於いてもその多くが我が軍の高射砲及び戦闘車輌の攻撃によって容易に撃退されている。

現在までに確認された戦果は完全破壊12機、大破損傷5機。

損傷機の内1機は通信管制機能を特化された指揮官機と思われるが主要機構は既に自壊処理が施され、調査は不能。

 紛争の長期化に伴い敵軍は次々に新型兵器を開発、逐次実戦投入しているがその反面兵員の質、練度は低下しつつ有り、

これは当該音声を記録した搭乗員が重度の戦闘神経症の兆候を示していることからも明かであろう。

現在本国に蔓延しつつある厭戦思潮に妨げられることなく、さらなる派遣兵力の増加と侵攻作戦の実行具申の為、

調査用鹵獲機体に添えて本資料を提出するものである。

 

シュトラール国防軍兵器開発局第四課(地球方面担当)

W.ペーターゼン大尉

 

 

 

 

――BGM:鬼束ちひろ「月光」 

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