第三話「独立砲戦車隊」(中編)


 見渡す限りの平原の中に、一本伸びた道路を伝って、二式砲戦車は前進します。空は晴天、白日の下――。

と、その前方に、同じような塗装を施した小さな軽戦車が三輌、まっすぐ並んで進んできました。

 

「あっ、あれは第一中隊の所属車輌ですよ」

前扉の防弾硝子を通じて前方を一心に見つめていた羽生伍長が気づきます

「おー、鉄道線警備に出てった連中だな。よし、ちょっと止めろや。小休止だ」

砲塔の壁にもたれていた山田中尉も身を起こして軍帽のひさしをつっと上げ、展望塔の覘視孔(てんしこう)をのぞきます。

軽戦車隊の側でもこちらに気づいたのか、先頭車輌の砲塔に人影が姿を現しました。

ややあって両者は道の左右に別れ、往来で出会った旧知の間柄のように歩みを止めました。

 

「おーいっ、任務御苦労だな少尉!異常ないか?」

山田中尉は戦車を降りて、向こうの隊長格の将校に気さくに話しかけます。

「これは山田中尉殿、一体全体何事ですか」

無論のこと、出動していた兵隊には独立砲戦車隊のことなど知る由もありません。

二式砲と向かいに停車した三輌の九五式軽戦車、どちらの側の戦車の中からも、それぞれの乗員がわらわらと出てきます。

思い思いに凝った背筋を伸ばし、地面に腰を据えてしばしの休息に談が咲きました。

 

「あれ、久喜さんが戦車乗り組みですか?珍しいこともありますね。何をやっとるんですか」

「いや、俺も自分がなにをやってんだかよくわからないんだよ。ロボット捕まえるんだとさ」

「なんですかそりゃ」

「知らねえなあ。おい、それよりもよ、煙草一本わけてくれよ」

「・・・嫌ですよ、自分の喫って下さいよ」

 

羽生伍長はひとり二式砲の機関室上に立ち、話に加わることもなくじいっと空を見上げています。

「おーい、羽生も降りてこいよ。高いところで畏まっていても難だぜ」

「いえ、たとえ休止中であれども気を抜くわけには行きませんからっ!自分は目下対空監視中なのであります!」

「対空監視といったって、なにか飛んできてるのかい」

「はっ、トンビが一羽旋回中であります!」

 

「あ〜っ、駐屯地に戻れば明日は非番だよ。久しぶりにのんびりできるなあ」

「で、出来ることなら代わってやりたいぞ。いや、いやいや今すぐ代わってくれまいか」

加須軍曹は眼鏡の下に涙を流しそうな勢いで詰め寄りました。

 

山田中尉は一同から少し離れて、軽戦車隊の少尉と地図を広げながらの打ち合わせです。

「と、いうわけでな、我々は挺身隊として捜索任務に就いてるんだが・・・なにか聞き及んでいないか、少尉?」

「いえ、特には・・・ああ、そういえば石炭列車の車夫が妙なことを言っていましたが」

「妙?」

「なんでもずっと北の方でやけに大きな機械が動いてるのを見た者がいるとか、遠くから爆発音が聞こえてくるとか・・・

 自分は炭坑会社の作業機械じゃないかと思ったんですが、どうも判然としません。

 外蒙(がいもう)辺りの、そうそう人跡も希な場所だとかで。ロシア軍が演習でもしてたんですかね」

「う〜む北、か・・・しかしま、オレ達とは関係なさそうだな。こっちの獲物は南方から北上中の筈だからな。

 すまんな少尉、帰隊途中のところ手間取らせたな」

「なんのなんの。中尉殿こそ、御武運を」

「応よ、まかせとけ」

 

 山田中尉はニヤリと笑みを浮かべ、辺りに大声で呼ばわります。

「休止終了!全員乗車だ、移動するぞ!!」

その声を聞くや皆すっと立ち上がり、きびきびとした動作でそれぞれの戦車に乗り込みます。

軽戦車隊は手馴れた様子で颯爽とエンジン音を響かせ、軽快に走り去っていきます。

二式砲内でも各員が所定の配置に収まりました。

 

「・・・ちょっと待て。伊勢崎はどうした」

 

車体の下にもぐり込んでスヤスヤ眠り込んでいた伊勢崎軍曹を引っぱり出すのには、少しばかり手間がかかりました。

 

*                     *                      *

 

 そこからずっと離れたところ。海を越えた向こう、日本の東京の、レンガやコンクリートで固められた街の片隅。

小さなビルの、狭い一室にゆき子さんはいました。粗末な寝台と小さな書き物机の他はなんの飾り気もない殺風景な部屋。

窓には格子こそはめられてはいませんがそれは固く閉じられ、穏やかな牢獄のように外へ出ることを拒んでいるのです。

 固い椅子に腰掛け、籠の鳥のようにぼんやりと頬杖をついて、窓の向こうの曇りがちな空を、ゆき子さんはひとりで眺めていました。

灰色の部屋に合わせたように灰色の服、心をどこかに置き忘れたような、灰色の表情で――。

と、狭い部屋の狭い扉が躊躇いがちにノックされ、

 

「速水さん、ご面会の方がお見えになっていますよ」

 

ゆき子さんはその声にふと振り返り、そっと立ち上がりました。

 

「・・・どうぞ。査問委員会の方ですか?」

「いいえ、そうではありませんよ」

言いながら扉を開けた事務員の横で、外套を小脇に抱えて立っていた人物を見てゆき子さんは驚きの声をあげました。

 

「西村教授!そんな、こんなところへわざわざ・・・」

「やあ、思っていたよりも元気そうだね、速水さん」

お互いにどこかぎこちない表情で挨拶を交わします。

「証人が被疑者に直接面談するのはどうかと言われたんだが、刑事裁判と言うわけでも無し、少し話をしておきたかったのでね」

「どうぞ、こちらに・・・」

ゆき子さんは部屋にひとつだけあった椅子を西村教授に勧めると、自分は窓を背にして深々と頭を下げました。

「本当に、本当に申し訳御座いません。西村教授にも、研究所の皆さんにも、なんと言ってお詫び申し上げたら良いのか・・・」

「まあ、まあ、そんなにかしこまらんでください。研究所の連中は元気なものだよ。『予算を分捕って、新しいのをまた作るぞ』などとね、

 息巻いとる。もっとも、“水晶頭脳”がなければ完成はおぼつかないのだけれどもね」

「責任はみな私に在ります。私は自分の罪状を問い、相応しい罰を受けるつもりです」

「罰、か・・・。君が行ったことは矢張り罰を受けるべき事なのだろうね。君は極めて公けに善行を成しながら、その実明白に罪を犯したのだから」

西村教授は責める風でもなく、諭す様でもなく、ただ淡々と話します。

 

 ゆき子さんはうなだれたまま、深く噛みしめるように言葉を紬ぎ出しました。

「それは解っているつもりです。ただ・・・、ただ私はあの二人の願いを叶えてあげたかった。

 小さな子供が、たった一人の家族に会いに行きたいという願い。

 誕生したばかりの心をもった機械が、自分を作り上げた人を苦難から助け出したいという願い。

 そんなささやかな夢を、叶えさえてあげたかったのです」

「それで君はまだ幼い子達の無謀で無深慮な頼みに答えて、無責任なままに行く末も知れないところに二人を送り出したという訳なのかね」

「・・・その通りです。それでも、私は・・・私は二人を止められませんでした。あの子達が何に立ち向かわなければならないのか、わかっていても

 でも、私達だって手をこまねいて、何もしていないわけではありません。私自身は此処で責めを受けますが、

 私達、セント・バーナード機関はあの子達に手を差し伸べます、必ず」

 

「君はまさか最初からそのつもりだったのではあるまいね?」

西村教授の口調にほんの少し、強さが滲みました。

「無防備な子らを彼の地に送り出せば、機械人間とその技術を狙って今は何処かに潜伏しているZZZ団の手も伸びてこよう。

 それを以て国際連盟が満州地域に介入する口実にしようと、そう思っていたのではあるまいね」

「そんなこと、考えてはいません!あの子達をそんな、囮かなにかに使おうだなんて、そんな・・・」

ゆき子さんは頬を真っ赤にして答えました。

「子供は政治の道具ではないのです!」

「機械人間も、そうだよ。凡そ心を、精神を備えた存在を道具のように扱ってはならない。如何にそれが必要とされる場合であっても

 矢張りそうしてはならないのだ、本当はね」

 

「だが現実的には、そうは行かない。どんなささいな事柄であってもそれは分析され、有利な影響を及ぼすように解析され利用されるものさ。

 例えば、精神活動を機械的に再現するというのは、結局はそういうことだ」

「それは・・・そうかも知れませんが」

「私が最初に作った機械人間には『悩む』機能を与えていた。彼は人間らしく懊悩したり煩悶したり、

そうして自らの思考の先に答えを求めることが出来たが決してその場から動く事はしなかった。なにしろ、」

と、西村教授は一息置いて

「脚がなかったからね」

少し照れたような微笑をうかべました。

「しかしあれは自分の心で考えて、自分の脚で歩いて行ってしまった。いくら君がそれに手を貸したとはいえ、自律制御式の機械が自発的に

 行動したのなら『親』の一人としては嬉しくないこともない。『可愛い子には旅をさせよ』とも、言うことだしね・・・。

 だがその旅の空は苦難と危険に満ち、幾重にも陰謀の手に覆われていよう。私は査問委員会を通じて保護要請を出すつもりだ」

「・・・そうでしょうね、そうなさるのが自然なことです」

「君の行為も、自然なことだろうね。それはそれでとても人間的な行いだ。どんなに世界が平和であっても、

 子供達が普通に願う夢を叶えられないような世界なら、それは矢張り何かが間違っているのだろうから。

 結局私達は正しいことばかりやろうとして、それでも間違いばかり起こす。世に争いの種は尽きない訳だ」

 

そのとき、閉じた窓辺にチチチ、とさえずりが聞こえました。二人がそちらを見れば硝子窓の向こうに小鳥が一羽、翼を休めて止まったところでした。

 

 ゆき子さんは硝子窓に手のひらを合わせました。窓の向こうから小鳥のくちばしがツ、ツ、とそれをつつきます。

「鳥は、良いでしょうね・・・鳥の空には争い事の種なんてないから。自由に空を飛んでも、それを責められることなんてない。

 私達は鳥と同じ空を見ているのに、鳥は私達とは違う空を飛んでいるのですね」

「空が一つであるからといって、私達が鳥になれるわけではないよ、速水ゆき子さん」

「・・・ごめんなさい、少々子供じみたことを言いました」

「いや、構わんよ。悪いことではないはずだ。さて・・・そろそろお暇するとしよう。あまり長話をして査問委員会に勘ぐられても困るからね。

 ともかく、君と話が出来て良かったよ。なるべく穏当な判断が下るよう尽力するつもりだ。どこまで力になれるかはわからないが」

「ありがとう・・・ごめんなさい・・・本当に・・・」

ゆき子さんは目元を抑えてもう一度深々と頭を下げました。

「いや、本当は謝らなければいけないのは私の方だよ。あそこで起きたことの責任は、元はと言えば私達の責任だ。

 それに・・・君があの二人を見つけた時、私がね、居合わせればよかった。もしその場にいれば君に罪を被らせることもなかったろうとね」

「お止めになられたでしょうね、きっと」

 

「いや・・・多分私が罪を犯していただろうと、そう思うのさ」

 

それだけ言うと西村教授は寂しそうに笑って部屋を出ていきました。

 

*                     *                      *

ひょっこり、

ひょこ、ひょこ・・・

人混みの頭の上を金色のまあるい玉が動くと、その後に続いてやはり

ひょこ、ひょこ、と紙で作られた大きなはりぼての竜が頭を巡らせ、うねうねとその長い体をくねらせます。

大通りはお祭りの大騒ぎで人波にあふれ、そこかしこで鐘や太鼓の鳴り響くただ中で

二式砲戦車は少しも前に進めず立ち往生していました。

 

「全然動かないじゃねえかっ!」

狭い車内から外に出て、砲塔の上でどっしりあぐらをかいたまま山田中尉は怒鳴りました。

怒鳴ったからと言って速度が早まる訳もなく、不機嫌が湯を沸かしたように湧いて出ます。

「砲戦車は山車(だし)じゃねいやっ!!」

そんなことを言いながらも、傍らにはどこから買い付けてきたのか甘栗が一袋。

ぱちぱち皮を割って、ぼりぼり栗をかじって、ぶうぶう文句を言っているのです。

 

「大体っ、なんだってこんな街中に入り込んじまったんだよ!」

「そりゃあ中尉殿が『迂回なんて七面倒くさいことをやってられるか』と仰ったからであります」

展望塔から頭を出して、久喜曹長が呆れた声で言いました。

「わかってらぁ!言ってみただけだっ」

ごつんとはたかれた久喜曹長はギュゥと唸って車内に引っ込みました。

 

「尻が痛むなぁ、座布団でも持ってくれば良かったかなあ」

加須軍曹は退屈そうに無線手席で独り言を呟くのですが、その隣では羽生伍長が油汗をだらだら流しながらクラッチを切ったり

操縦桿を小刻みに動かしたり、エンジンを止めないように二式砲を必死に徐行させています。

「戦車学校の教本では『市街地ハ黒死病ノ如クニ是ヲ遠避ケ、可能ナ限リ迂回スル可キ事』と書かれておりました」

「いやまったくその通りだね」

「戦車学校の教官殿は『世の中そうそう教本通りに行くものか』と言っておりました」

「いやあまったくその通りだね」

「どっちも、正しかったんですね・・・」

「いやあまったくその通りだねぇ」

 

伊勢崎軍曹は寝ています。

 

 そんなことがしばらく過ぎ、二式砲はそろそろと少しだけ前進し、ぱちぱちむかれた甘栗の皮はどんどんと溜まっていきました。

ぱちん、ぱちんと景気の良い音をたてながら、山田中尉の手は紙袋から口元へと半自動的に動かされていたのですが

目元はだんだん座っていきます。

と、中の一個がちゃんと割れずにむにょ、というとても嫌な感触で親指の爪に引っかかりました。

山田中尉は古井戸の底の様なところにあった目をまん丸に開き、甘栗を穴があくほどに見つめました。

まばたきひとつせずにそのままじいっと視線を留めるのですが悲しいかな、眼力でものは壊れません。

口を真一文字にぎゅっと引き締め、割れない甘栗をひょっと放り投げるとふーふーと鼻息を荒げて

展望塔から車内をのぞきこみました。長い黒髪がばっと流れます。

 

「久喜、オレの“モ式”をよこしやがれ」

「へぇっ?あーはいはいどうぞどうぞ」

言われて久喜曹長は戦闘室の脇に置いてあった平べったくて片方が先細くなっている木の箱を手渡しました。

山田中尉は無言で受けとると木箱の横の蓋を開いて、中から弁当箱にほうきの柄を取ってつけたような大型の自動拳銃を取り出します。

「街中で拳銃なんか出してどうするんですか?・・・ああっ!」

中尉が片手に持った自動拳銃に腰のベルトの弾薬蓋(だんやくごう)から取りだした挿弾子(そうだんし)を押し込む様を見て

久喜曹長は仰天しました。

「ま、まさか中尉殿っ、いけませんよ・・・やめてくださいっ!」

「うるせぇ馬鹿野郎!!」

身を乗り出して必死に止めようとするのですが鉄拳一閃、再び車内に転げ落ちます。

 

「たっ、大変だぁ・・・おい伊勢崎起きろっ!起きて手伝えっ!!」

久喜曹長は鼻血を拭いながら伊勢崎軍曹を必死に揺り起こそうとするのですが、

主砲の砲尾にもたれながら形而上学的な楽園でお祖父さんと兎を追いかけるのに忙しく、いくら呼んでも幼年時代から戻ってはこないのです。

「んー、どうかしたんですかー」

無線手座席の加須軍曹は大儀そうに振り返ります。

「中尉殿が無垢な民間人に向けて無差別に発砲しようとしているんだ!」

「な、なんですって!勘弁して下さい、軍事法廷は御免ですよ!」

狭い戦車の内部では身動きもままならず、じたばたもがいても加須軍曹の手は何処にも届きません。

 

「馬ッ鹿野郎、当てやせんわい」

山田中尉はふん、と鼻を鳴らすと砲塔の天板に仁王立ちになり、徒競走の係員のように拳銃を高く掲げると

すらりと伸びた銃身を右斜め45度ぐらいの空に向けてダダダン!と発砲しました。

「おらおらそこどけっ!戦車隊のお通りだっ!!」

あたりは水をうったように静まりかえります。

 

「邪魔・・・だよ」

一斉に見つめる無言のまなざしに気圧されたのか、中尉の口調も沈みます。

 

でも突然、周りの人々はにっこり笑い出すと手に手に爆竹を投げはじめました。

二式砲の右にも左にも前にも後にも小さなダイナマイトが次々に破裂して、とても立ってはいられません。

「おいっ、ば、馬鹿っ!やめろ、やめろーっ!」

山田中尉は泡を食って展望塔に飛び込むのですが、何故だかその身は丁度腰の辺りで止まってしまいます。

「うわっ、入れねえっ!」

必死にもがく苦労とはお構いなしにそこら中から飛んでくる爆竹の束を懸命に叩き落とし、

黒髪をぶんぶん振り回しても車内には全然戻れないのです。

「なんでだっ、なんでだよっ!」

「中尉殿、軍刀!軍刀がひっかかってるんですよ!」

「お、おぅ・・・!」

恐ろしい振り子のような軍靴を避けつつ呼びかけた久喜曹長の声に応じてベルトの脇に吊り下げた軍刀をちょっと動かすと、

たちまちずるりと車内に転げ落ちます。

扉を閉めるとそのまま這々の体でぺたりと床にしゃがみ込み、ぜえぜえ息を継ぎました。

久喜曹長も頭上の出入り扉を慌てて閉じ、恨めしげな目を山田中尉に向けるのです。

「・・・まったく、そんなダンビラなんか持ってるからですよ!将校ってえのは不便ですね」

「馬ッ鹿野郎!カタナは軍人の魂だ、そうそう離しておけるものかっ!!」

そう怒鳴って立ち上がった山田中尉の頭は勢いの余り車内の突起にぶつかります。

「痛ててて・・・・」

がつんと響きわたった轟音に、伊勢崎軍曹も目を覚ましました。

「あれ、みんなどうかしたんですか?」

誰もが返事どころではありません。

扉を全部閉めてしまった薄暗い車内では久喜曹長も加須軍曹も不安げな視線を中空にさまよわせ、

山田中尉は頭を抱えながら大声で指示を出します。

「前進微速・・・周囲の状況を注視しろっ!!」

「視界不良!爆煙で前方がよく見えません!」

羽生伍長は前扉を降ろして狭い覘視孔の防弾硝子に目を凝らし、いまにも泣き出しそうな声を出しました。

そんな有様を見た伊勢崎軍曹がよっこいしょ、と照準眼鏡をのぞいてみれば、十字線上には張りぼての竜が上下しています。

「ああ・・・懐かしいですねえ。子供の頃親父がああいうのに電球仕込んだものを作ってましたよ。

 目がピカピカ光って綺麗だったなぁ・・・口から煙吹いたり、良く出来てたんですよ」

ふふふっ、と少しバツの悪そうな思いだし笑いもします。

「そこから火が出て、全部燃えちゃったんですけどね。あれは勿体なかったなあ」

 

爆発と硝煙に巻かれ、二式砲は相変わらず蝸牛(かたつむり)のようにノロノロ進んでいくのです。

 

*                     *                      *

 

 しかしながら、山田中尉が狙いもつけずに撃ち放った銃弾は本人も乗員一同もまったくもって預かり知らぬ所で

大変な事態を引き起こしていました。

二式砲の丁度脇に立っていた酒楼の、通りに面した二階の窓の、開け放たれた鎧戸を通って、部屋の中に全部飛び込んでいたのです。

 

「・・・」

 

三秒前には確かに紅茶茶碗だったなにか別の物を、金髪の青年は穴が開くほどじっと見つめました。

(いくら見つめても穴が開く余地など少しも在りはしなかったのですが)

呆然とした視線は手元の物体から天井へと流れ、そこでやはり穴が開くほどに眺めるのです。

(眺めるまでもなく天井は穴だらけでした)

途端に路上から鳴り響く爆竹の破裂音にようやく気を取り直すと、

「な、なんだ一体っ!」

今更ながら大慌てで立ち上がり、窓辺に身を乗り出すと、道の真ん中では迷彩塗装の戦車が一輌、

まさに平和な人波によって蹂躙されつつあるところでした。

そして砲塔上では一人の戦車兵が黒髪を振り乱しながら、

 

「○△×□!!!」

 

のようなよくわからない悲鳴を上げて必死に中へもぐり込もうとする所だったのです。

 

 二式砲を見るなり青年の目は鷲のように鋭くなりました。

「ありゃ日本陸軍の中型戦車じゃないか、確か・・・タイプ2とか言ったな。なんでこんな所に?」

 

「もしや連中も『あれ』を探しているのか?こうしちゃいられん!」

そう言うと振り返って部屋を出ようとしましたが

「・・・ま、別に急がなくとも良いか」

表の騒ぎに苦笑を浮かべて椅子に腰を下ろしました。

 

「・・・英国茶器で中国茶を飲む、これこそコロニアル・ディプロマシーだと思ったのになぁ」

やれやれ、と残念な顔でテーブルの上に砕けた紅茶茶碗のかけらを退かすと、一枚の写真を取り上げて濡れた水気をふき取りました。

そこには身長4m程のロボットがはっきりと撮影されていました。

 

 

つづく


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