第四話「地底怪獣」(後編その2)

 


 それは、とても奇妙な機械でした。

全体は戦車を二輌、列ねて繋げた列車のよう。

二組の無限軌道に支えられた連結車台の、後ろ側の車台には発動機が積み込まれ、いまにも装甲を突き破るほどの勢いで轟然と唸り声を上げています。

前の車台には球形の胴体が据えつけられ、右に伸びる蛇腹の腕にはぎらりと輝く鋭い鉤づめがずらりと並び、

左の腕には、先刻大地を割って現れた回転衝角が、休まず動き続けているのです。

胴体の上には三角形の頭部が備わり、

 

ギィィィィィイン!

 

と、金属性の絶叫が辺り一面に響きました。

世界中どこの国でも、このような機械を製造するところはありません。さりとてこの世に生まれた目的はただひとつ。神ならぬ、人の手によって造り上げられたその「竜」は、

世界でただひとつの集団が、ただひとつの目的のために製造し、配備したもの。

 

「――あれはZZZ団の戦争機械だ!」

 

地を圧する轟音を貫いて、リヒター所長のその声はガン・ホーにもタケルにも、はっきりと届きました。

二人に、そして世界に仇なす者達の、尖兵たる WARMACHINE が、まさに二人の目の前に現れたのです。

「すごい、すごいロボットだよ、ガン・ホー」

かつて出会った山田中尉の戦車などとは比べ物にならない外観に、タケルは思わず声を震わせました。

「確かに、その通りだ。油断は出来ない」

けれども、ガン・ホーの声には恐れも怖えもありません。

「だが、心配はいらないさ」

全身に組み込まれた歯車が、まるで歌声を合わせるかのように次々に回りだし、ガン・ホーの発動機はZZZ団の戦争機械に負けぬほどの駆動音を響かせます。

「竜が出てきたら、取り押さえる」

ガン・ホーは少し膝をおとしてひくく身構え、折れて倒れた巻き上げ機の鉄骨を拾い上げました。

「それが私の仕事だからね」

冬の夜空を飾る狩人の星座さながらに、機械の体と人の心を持つマシーネン・メンシェは雄雄しく“ドラゴン”に立ち向かって行ったのです。

 

*                         *                            *

 

「確認した、大きいな。こいつは例のロボットじゃないか?」

褐色の生地に雨だれのような偽装模様、まさしくZZZ団の戦闘被服を纏ったZZZ団戦闘隊員は、覗き込んでいた計器盤から目を上げて、背中合わせで座っている同僚に尋ねました。

「どうやら、そのようだな。しみったれた鉱脈探しにしちゃあ、随分な掘り出し物だぜ」

こちらも何か複雑な機械を操作していた相棒は口元をゆがめて、まるでそこだけが銀仮面の総統の出来の悪い複製のような、皮肉めいた笑みを浮かべました。

「よし、こいつを捕獲すれば結構な手柄になるだろう、戦闘態勢に移行しろ。画像、記録開始」

「了解、フォン・クリーゲ!」

「フォン・クリーゲ!」

二人は声を合わせると、猛然と機器類を操作し始めました。

ブラウン管の向こう側には、右腕に鉄骨を抱えたマシーネン・メンシェが古代の剣闘士のように駆け寄る姿が映っていました。

 

*                         *                            *

 

 戦争機械は尖った頭部をガン・ホーに向けると、またもや大声で吠え立てます。

ガン・ホーの体はその絶叫にビリビリ震えて、その振動は操縦席に座っているタケルにも伝わりました。

「これじゃあ、ガン・ホーの耳がどうかしちゃうよ」

「なに、すぐに黙らせる――」

巨体に似合わぬ俊敏な動作で戦争機械が方向を変えたので、ガン・ホーは途中で言葉を止めました。

戦争機械は回転衝角を振りかざし、真正面からガン・ホーに向かって突撃してきたのです。

「タケル!口を閉じて、しっかり、つかまっているんだ」

テレヴィジョンの画面に、戦争機械のまがまがしい姿がいっぱいに映し出され、

世界をまっぷたつに切り裂くような、鋼鉄と鋼鉄の激突する絶叫が鳴らされました。

ガン・ホーが渾身の力を込めて振るった一撃を、回転衝角はなんなく受け止め、鋭く並んだ斬り刃はみるみるうちに鉄骨をカンナ屑のように削り取っていきます。

戦争機械は右腕の蛇腹をぐんと伸ばし、鉤爪は毒蛇のように素早く動いてガン・ホーの頭部に迫りました。

「危ないっ!」

思わず飛び出す、タケルの悲鳴。しかし、ガン・ホーは少しも動じることはなく、左の腕を振り上げて恐ろしい一撃を防ぎます。

鉤爪はガン・ホーの装甲板に突き立てられ、ぎらりと輝く傷跡を刻みましたが、痛みを感じない“機械人間”は呻きも叫びもせず、躊躇も動揺もなく拳を固めて

御返しとばかりに戦争機械の内懐に、強烈な一撃を叩き込みました。

血の一滴、涙の一滴さえ流されぬ決闘に、周囲の鉱夫達も言葉がありません。

如何に両者が科学技術の産物とはいえこのふたつの激突は、人々にまるで神話伝承の風景を目にするような印象すら与えるのです。

 

 蒸気ハンマーのようなガン・ホーの一撃を受けて、戦争機械は二組の無限軌道を逆転させると、一端距離を開きました。

戦意の衰えぬことを誇示するかのように、再び響く金属の叫び。

ガン・ホーは半分ぐらいに挽き千切れてしまった鉄骨を投げ捨てると、膝を屈めて身構えました。

しかし、戦争機械は再び一度ガン・ホーに襲い掛かりはせずに、そのまま後退しつづけます。

その先には、先刻飛び出してきた地割れが大穴を開けています

「逃がしちゃだめだよ、ガン・ホー」

「うむ、勿論だとも」

ガン・ホーは号砲を聴いた陸上競技の選手のように飛び出しました。広い歩幅で繰り出される鋼鉄の脚は、地面をまるで海原のように揺らします。

遠巻きにする人々も思わず何かにすがりつき、また尻餅をつく人も。

たちまちの内に戦争機械に追いすがると、もういちど腕を振りかぶって、強力な拳を繰り出しました。

しかし、それは相手も十分、予想していた行為だったのです。

 戦争機械はガン・ホーの上体がわずかに後ろに流れた、まさにその瞬間を狙い済まして突撃してきました。

突然の体当たりに、ガン・ホーの二本の足はたまらずその平衡を失い、仰向けに倒れこみます。

「う、うわぁっ!」

操縦席にタケルの悲鳴が響きました。ガン・ホーが頼もしい応えを返してくれることはなく、テレヴィジョンにはいっぱいに空が広がります。

姿勢を立て直そうともがくガン・ホーの上体に、軍馬が人を蹄鉄にかけるように、無限軌道が迫りました。

連結部分から先、前部の車台が梃子のように持ち上がり、まるで壁が落ちてくるようにガン・ホーを押しつぶそうとするのです。

 

*                         *                            *

 

「二足歩行機は倒れると弱いな。逃げようにも戦おうにも頭脳はまず起き上がろうとするが、咄嗟に体がついて来ない」

「やれやれこれで終わりか。まったく手間を取らせやがる」

二人のZZZ団戦闘隊員は言いました。

 

けれども、それでは終わりませんでした。

 

*                         *                            *

 

 空を覆い隠して画面に広がる車台の底面、まだ起き上がれないガン・ホー。

しかし、上体を起こしていた両腕が、突然稲妻のような速さで動いたのです。

無論体はまた倒れこみ、地面に叩きつけられたのですが、それでも戦争機械の突進は間一髪で止められました。

「な、何が、どうなっているんだ・・・」

ガン・ホーは明らかに動揺していました。自分の体の姿勢制御を第一に全身を動かしていた“水晶頭脳”の働きが、搭乗員の操作によって覆されたのです。

咄嗟にタケルが動かした操縦桿が優先動作として認識され、“機械人間”は合理的にではなく無意識の“本能”によって、我と我が身と内なる生命とを守ったのでした。

「がんばれ、がんばれっ、ガン・ホーっ!」

滑り落ちそうになる指先に必死に力を込めて、タケルは操縦桿を握りました。

突進を食い止めた両腕が段々と伸ばされ、伴って回転計の針がぐいぐい上がって行きます。

「そうだとも、私はまだ頑張れるさ。ここで、負けるわけには、いかないのだ。だからただ、――」

 

ガン・ホーとタケルのふたりは、戦争機械の圧力に屈することなく、むしろ全力でそれに挑みました。

誰にも見えない鋼鉄の体の中で、発動機のピストンは激しく動き、“水晶頭脳”の内側で輝く灯火はこれまでになく大きく光り、

ひとつ均衡が乱れればたちまち潰されてしまいそうな恐ろしいちからくらべを段々と押し退け持ち上げ、

 

「――ただ倒れていられるものでもないっ!」

とうとう、まるで柔道の巴投げのような要領で戦争機械の巨体を投げ飛ばしたのです。

「やったぁ、ぼくたちあいつに負けなかったよ!」

「いいや、まだまだこれからだ」

ガン・ホーは大地に両脚を踏み締め、砂塵を払って立ち上がりました。

横倒しになった戦争機械に、ゆっくりと近づいていきます。

無限軌道は空しく中を足掻き、金属の泣き声も弱々しく聞こえ、

それでもまだこの機械は、その機械的な闘志を捨ててはいませんでした。

連結部分を尺取虫のように折り曲げると、両の腕を器用に動かし、たちまちの内に姿勢を立て直し、

 

ギィィィィィイン!

 

金属的な絶叫を上げて、ガン・ホーを威嚇しました。

ガン・ホーもタケルも、もうそんなことでは少しも驚かされません。

大地を踏む脚が止まることはなく、天に振り上げられる腕が止まることはなく。

戦争機械が三角の頭を上下左右に巡らして、まるで躊躇するかのような動作をしているその隙に、握り締められた鋼鉄の正拳が、

真っ直ぐにその頭部を殴りつけました。

城壁さえ打ち砕かれそうな一撃に、戦争機械はいくつも部品を吹き飛ばされて上体を反らせます。

しかし、その攻撃をも耐え凌ぎ、今度はガン・ホー目掛けて鋭い爪を繰り出しました。

ガン・ホーは後ろに飛び退いて間一髪、喉元に迫った突きを避けました。矢継ぎ早に繰り出される恐ろしい両腕が、波打つように次々に襲い掛かります。

けれどもひとつとして、その攻撃が命中することはありません。

ほんのわずかの距離を残して、両腕共に空しく中を斬るばかり。

「どうしたんだろう、様子がおかしいよ」

「うむ、どこか機構に変調をきたしたのだろうか。それにしては動作が俊敏なままなのだが」

「わんわんほえても、近よってこれない。まるでくさりにつながれた犬みたいだ」

「鎖?」

「そうだよ、ロンドンで行ってた学校の近所に大きな犬を飼ってる家があって・・・」

ガン・ホーは一、二歩下がってすこし距離を置き、ゆっくりと横向きに進みました。

戦争機械も首部を巡らせ、車台を動かしてガン・ホーの動きを追います。

それでもやはり、近づいてくる様子はありません。

「どうやら自由に動ける範囲が決まっているようだな」

「やっぱりくさりがつながっているのかな」

「もしあれが番犬のようなものならば、守るべき場所から飛び出さないように鎖もつなげるだろう。だがあれはここまでやって来た。

 決して何かを守るためではなく、ね」

ガン・ホーは慎重に歩を進め、一度は離れた距離を徐々に詰めていきます。戦争機械は蛇腹の右腕をぴたりと体に寄せ、

三角の頭部はガン・ホーを睨み付け、間合いに入るその瞬間を逃さずべくに身構えました。

 

ギィィィィィィイン!

 

絶叫が響き渡る中、ガン・ホーは猛然と駆け出しました。たちまち繰り出される鋭い貫き手の一撃を、低く構えた肩口に受け止めると、

その勢いのままで後に回り込み、発動機を乗せた後部車台の背後から伸びる物をつかみました。

「やっぱりそうだ、ひもがついてる!」

「いや、これは紐でも鎖でもない」

戦争機械の背面ドラムから伸びるケーブル線に手を掛けます。

「猟犬のような機械なのに、移動範囲に制限があるならば」

戦争機械は慌てたように球形の胴体を揺り回し、後ろを捕ったガン・ホーにつかみかかろうと腕を伸ばしました。

「それはつまり、そこまでしか届かないような理由があるからだ!」

土煙の中に巧妙に隠されていたケーブル線はガン・ホーの腕によって釣り上げられ、もういっぱいに伸びきっていたドラムの元から断ち切られます。

戦争機械はぴたりとその動きを止め、地面に開いた大穴から伸びるケーブル線は、死んだ蛇のように力なく横たわります。

「電源線か、あるいは指令伝達機構だと思う。これでもう、大丈夫だろう」

 

 

「この機械は誰かに命令されて動いていたんだ」

「きっと、そうだろうね。この線をたどればあるいは、ZZZ団の一味がいるのかも知れないが」

だらりと垂れ下がり、地の底へ消えていくケーブル線を、ガン・ホーはじっと見つめました。

「ともかく、今はこの場の惨状をなんとかしないといけないだろうね」

周囲一帯はまるで爆撃でも受けたような有様でした。遠巻きにしていた人々も、瓦礫の向こう側から恐る恐る顔を覗かせます。

ガン・ホーが踏みしめた足跡、戦争機械が掘り返した轍をおっかなびっくり乗り越えて、リヒター所長は満面の笑顔でガン・ホーに向き合います。

「すごいな、君は。国際戦争協議会も形無しじゃないか!」

「リヒターさん、けがはだいじょうぶなんですか?」

タケルの声がマイクロフォンで響きます。

「なに、どうということもないのさ。実際あんなすごいもの見せられたら、傷口だって塞がっちまうものだよ」

「グライムズさんはどうされましたか?」

ガン・ホーの問いには心底気分の悪そうな顔を浮かべて、

「見損なったもんだ、あいつは。真っ先に逃げ出しやがってどこまで走っていったんだか――」

街の方を振り返るのと、ZZZ団の戦争機械が再び動き出したのとはまったく同時でした。

 

*                         *                            *

 

「下がってください、あれはまだ戦えるようです!」

ガン・ホーの巨大な脚が、もういちど大地を揺るがしました。リヒター所長は眼前に迫る恐ろしく剣呑な列柱を避けて屈み込み、

見上げる先には闘神のような影が、頭上を越えて駆けていきます。

人為らざる、その姿。

残された足跡の傍らで、言葉もなく視線はさまよい、

「ほれ、さっさと逃げんかの。あんたに必要なのはやっぱり医者じゃよ」

傍らに立つ居酒屋の老人の声もどこか届かぬ上の空。

「あ?あぁ・・・いや、そうなんだが・・・」

鋼鉄の腕を振り上げる“マシーネン・メンシェ”の背中を見つめて、しかし心に思った事柄を、口には出せないのでした。

 

*                         *                            *

 

ギィィィィィン!

 

機械的な絶叫は響き渡り、くびきを外された鋼鉄の怪物は、こんどこそ束縛無しにガン・ホーに立ち向かう様子です。

全速力で間合いを詰めたガン・ホーも、躊躇いなく握った拳を叩き込みました。

続けざまに、打ちだされる鋼鉄。

戦争機械は立ち直る余地すらありません。堪えきれずに

 

ギィィィィン!

 

とまた、吼えると蛇腹を伸ばした右腕を、薙ぎ払うように振り回してガン・ホーを追い払いました。

鉤づめは大鎌のように襲いかかりましたが、ガン・ホーは軽々とこれを避け、慎重に間合いを捉えて身構えます。

 

「やはり、先刻よりは動きが鈍いようだな」

「でも、ちゃんと動いているんだ」

「ああ、そうだね。おそらくあの機械は自立行動が出来るのだろうね」

それは鉱山会社のモータープールや、坑道の入り口にあった機械とは根本的に異なる事でした。

三角の頭を左右に、また上下に動かして戦争機械は周りを見回すかのよう。

すると突然、今度は回転衝角と鉤づめを全速力で駆動させ、再び地面に大穴をうがち始めたのです。

「逃がすものか!」

ガン・ホーは早足で駆け出し、戦争機械に飛び掛りました。最後の一歩は渾身の力を込めた跳躍で、

肘と膝とを盾の様に身構えて、特大の砲丸のように飛び込んでいきます。

ギィィィィィイン!

戦争機械は頭部を巡らして上空を睨みつけ、右腕を縮めて鉤づめを揃えると、迎え撃つ構えをとります。

稲妻のように貫手が繰り出され、雷槌のように身体が激突し、

二体が交錯した瞬間、地面は薄氷のようにひび割れ、なにかが爆発したかのように水蒸気が噴き出し、

そのまま巨大なふたつの影は、地下深く開いた空間に飲み込まれて姿を消しました。

残された人々は、ただそれを見つめるばかりでした。

 

*                         *                            *

 

飛ぶこと。

しかしそれは翔ぶことではなく。

 

(ああそうか、これはゆめなんだ)

 

落ちること。

そしてそれは墜ちること。

 

タケルは上も下もわからない暗闇の中を、どこまでも飛び落ちて行きました。

真っ直ぐに墜落していくのにその場所に風は吹かず、体の中はどんどん熱く燃えるよう。

 

誰一人いない夢の世界。

 

それでもなにかをつかむかのように、伸ばされた指の先には触れるものがありました。

 

ちいさな、手のひら。

 

目には見えない、けれども落ちていく身体のその隣には、確かに誰かがいるのです。

 

共に墜ちていく指先を、タケルはしっかりと掴みました。

 

そして精一杯、自分のもとに引き寄せるとしっかり目を開き、

 

銀色の――

 

*                         *                            *

 

「う、痛っ・・・」

額を刺すような痛みで、タケルは目を覚ましました。

ガン・ホーの操縦席全体は、まるで蒸し焼きにされたかのように熱気に満ち、

テレヴィジョンの画面は煙幕でも焚かれたかのように一面曇って何も見えません。

「いったい、なにが、どうして・・・ガン・ホー!」

鋼鉄の友輩は変わらぬ力強さで答えました。

「気がついたかい、タケル。どうやら私たちは坑道の中に落ち込んでしまったようだよ」

「坑道って、こんなところが??」

「いや、それがどうやら地下水が流れ込んでいる様子なんだ。まるで地底の川か、湖のように」

ガン・ホーの頭部が上向き、落ち込んだ入り口を見上げるような動作をしました。

それでも操縦席の画面は一面の霧でなにも映りません。

「しかし、状況はなにもわからないんだ。赤外線暗視装置も役に立たない」

タケルは操縦席から身を起こして、テレヴィジョン両脇の三角窓に目を凝らしてみますが、やっぱりなんにも見えません。

「なんだろう・・・湯気でくもって、なにも見えないよ」

「地熱か、あるいは鉱泉なのだろうね。外気温が相当高い。レンズに結露してしまって映像が分析できないんだ」

「そうだ!あの戦争機械はどうしたの!?」

「どこかにいる筈だが、わからない。もう壊れて動かなくなっているのかも知れないが」

「そうならいいんだけど・・・」

 そんな思いを打ち消すように、ギィィイン!と、また怪物の吼える声が響きました

右に左に、むなしく動く視線の先にはただ煙る水面の波が写るばかりなのに、戦争機械の鬨の声は次第に大きく、いっそう近くに響いてくるのです。

地底湖の中を叩きつけるように鳴り渡る金属音は、ガン・ホーの中にいるタケルの鼓膜さえ破らんばかり。

それでも、段々と迫り、段々と大きく、鋭く、聞こえてくるその声から、タケルはあることに気がつきました。

 

「そうか――おと、音だよガン・ホー!あいつはもぐらみたいな機械だけれど、きっとほんとうはこうもりなんだ!!」

「コウモリだって?あの戦争機械が空を飛ぶとでも言うのかい、タケル」

「ううん、そうじゃないんだ。夜、空を飛ぶこうもりは目じゃなくって耳でものを見ているんだって、前に、動物園でお父さんが言ってたよ。

 自分で大きな、ひとの耳には聞こえないような声で鳴いて、その、なんだっけはん、はん・・・」

「そうか、コウモリは超音波の反響で獲物を探している。この戦争機械は地上でも地下でも、何故だか解らないが吠え続けている」

「そう、そうだよ、だからこの機械も、もしかしたら――」

ギィィイン!今度はもっと近くから、もっと大きな音で響きました。

「――音でぼくらを、さがしてるのかもしれないよ」

「だとすれば、この声が『まっすぐに』聞こえてきた時が」

ギン!ガン・ホーの体がびりびりと震えるほどの絶叫がとどろきます。

「あの怪物が、襲ってくる時だ」

膝を曲げ、腰を落として、ガン・ホーは油断なく身構えました。

しかし周囲は二重三重、水蒸気の壁に囲まれてガン・ホーの目にはなにも捉えられないのです。

 

 

「ガン・ホー、扉を開けてよ。僕が外へ出て、あいつをさがしてみるよ」

「・・・なんだって、何を言い出すんだ、タケル。いくらなんでもそれは危険だ。わかっているのかい」

「うん、 わかっているよ、もちろんさ」

 

『どこか安全な所』であるガン・ホーの操縦席に座って、タケルはその天板を見上げました。そこはガン・ホーの、こころの在るところでした。

 

「でもね、いつでもガン・ホーがぼくを守ってくれたように、こんどはぼくが君を守るよ。

 今は、それが出来る、ううん、やらなくちゃいけないんだ。ぼくが、ガン・ホーを、助けるんだ」

 

*                         *                            *

 

  タケルはガン・ホーの胸の扉を開けはなって、外へと身を乗り出しました。

足下に広がる湖水からは湯気がもうもうとたちこめ、熱気は操縦席の中にまでじわじわと滲み込んできます。

水蒸気の壁を通り抜けてうごめく影、響く音。タケルは両目をぎゅっと凝らして、必死にそれを探し求めました。

「あそこだ!いたよ、ガン・ホー!!」

地上から差し込む光は地底湖の中を照らし出し、水面にその姿を現した怪物は両腕を振り上げ、ガン・ホーに向って襲いかかりました。

貫き手を切って伸ばされた、鋭い爪がタケルのもとへと迫り――

 

ガン・ホーは両手を、まるでお祈りをするかのように掌を打ち付けて、胸元に飛び込んで来た戦争機械の鉤づめを押さえ込みました。

ぎらりと輝く、黒い鋼鉄の刃はタケルの眼前、ほんのわずかに手前で空中を藻掻くばかり。

汗とも涙ともつかぬ滴を振り乱し、それでも少年はしっかりと相手の動きを捉えていました

 

「ガン・ホー!右がわから、まだ来るよっ!!」

間髪を入れずに、突きを打ち込む回転衝角。

 

両腕を塞いだ形の“人間機械”は、しかしその声に答えて身をかわし、膝を落として腰を捻り、そのまま戦争機械を地底湖の水面に投げ倒しました。

たちまちに波飛沫は溢れ、水蒸気と熱風が吹き寄せる中を、ガン・ホーは落ち着き払った姿で立ち上がります。

その胸元でタケルの方は振り落とされないように、開いた扉に必死でしがみついていたのですが。

ただ歯を食いしばり、声にも出さずに。

心配を、かけないようにと――

 

*                         *                            *

 

 ギィィィィイン、と、こころなしか先刻よりもずっと弱々しく聞こえる叫び声を上げて、戦争機械は這うように水中を後退していきます。

地底湖の際、壁面へと向かって。

ガン・ホーはその姿を逃さぬよう、一歩一歩と歩みを進めました。

「あれをこのまま逃がす訳には行かないな」

「うん、でもね、ぼくたちも外に出なきゃいけないよ」

タケルは地底湖の天井を心配そうに見回しました。

「あのロボットをここでやっつけちゃっても、そのあとはどうすれば出られるんだろう」

「・・・うむ、確かにそうだね。この壁をよじ登るのは私にも無理だろう」

と、考え込んだガン・ホーの脚が止まってしまいました。

その機会を逃さぬかのように、ZZZ団の戦争機械は壁面を掘削し始めます。

「む、悩んでいる場合ではなかったか。まずはあれを倒してそれから考えよう」

「ちょっと待って、もしもあのロボットが地上に逃げだそうとしてるんだったら、あとをついていけないかな」

「しかし、さらに地下深くに行ってしまうかも知れないよ」

「・・・だったら、こうしてみればどうかな」

 

*                         *                            *

 

 戦争機械が機関を全力運転して地底に坑道を穿つその様を、“機械人間”の真っ赤な眼光が捉えました。付かず離れず、さりとて追い詰め迫り寄るその姿に

戦争機械は尚いっそう、その腕を振り爪を立て、回転衝角の勢いを高めるのです。

その目指す先はより堅い岩盤の待ち受ける地下ではなく、掘りやすい地質とその先に広がる自由な空間。

地上へと向かって、全力で脱出を計りました。

両の腕を力強く駆動させ、両の脚をしっかりと踏張り、ガン・ホーは狭い坑道の中を這い上がって追い続けます。

決して追いつかないよう、それでも引き離されないようなある一定の速度を保って。

無言で迫るその姿、傍目には――とはいえ見ている人など、どこにも在りはしないのですが――恐ろしささえ感じさせるのですが、中ではそれどころではありませんでした。

 

「や、やっぱりやめておけばよかったかな、なんだか今にもくずれてきちゃいそうだよ」

「しかし、今更戻れはしないぞ。このまま進み続けるしかないんだ!」

 

ふたりは必死な思いで、地下道を匍匐していたのです。

言った先から早々に、土塊が視界を塞ぎました。

 

「うわっ、が、がんばれっ、ガン・ホー」

「大丈夫、大丈夫だ!」

 

うわずったふたりの声は、不安に満ちていました。

 

*                         *                            *

 

 二体の機械が地底湖で激突している只中で揺れ続けていた地面は、またもや猛烈な勢いで震えだしました。

機械的な絶叫が、周囲を圧倒するように響き渡り、噴煙のように土砂を巻き上げて、

そしてまた人々の前に戦争機械が姿を現したのです。

居合わせた誰もがガン・ホーとタケルの敗北を思い、まさに憂いの声を上げようとしたその時に、

力強い鋼鉄の腕が天に向かって突き出され、地中から巨体が立ち上がりました。

ギィィィィィイイン!

頭を巡らし両腕を身構えて、戦争機械が吠えます。

ガァァァアァァァァァツ!

発動機のミス・ファイアかはたまた排煙機に詰まった土塊が掃き出されたのか、ガン・ホーも普段は決して出さないような轟音で以て答えました。

地下から地上へ、地上から地下へ、そしてもう一度光の下に。戦う場所を選ばない、二体のロボットは、真っ向から対峙します。

今度こそ本当に、決着をつけるべく。

 

*                         *                            *

 

 最早戦争機械が叫ぶことはありません。距離は測定され方位は指向され、発動機は最大限の速度で突撃を敢行すべく轟き始めます。

そしてガン・ホーとタケルがとまどいや不安を見せることもありません。為すべき事は眼前に在り、ふたりはただ待っていました。

その時を、その瞬間を。国際戦争協議会、ZZZ団の陰謀と野望の、目に見える形を成すものが、

まさに襲いかかってくる、その刹那の時間と空間こそが、二人の心を、魂を、互いに結んで、決して離れなくなる時だったのです。

蛇腹の両腕を翼のように一杯に広げて、戦争機械は襲いかかります。鶴翼の先端を走るものは鋼鉄の衝角と鋼鉄の鉤づめ。

左右から迫り来る魔の腕を躊躇無く押し止めた“機械人間”のその動きは、機械の判断に依るものか人の心の反応か。

外側から見る者達には想像もつかないことでした。

背筋は弓なりに伸ばされ、アキレスの踵までが精一杯に動力を伝達して攻撃を受け止めます。

輝く瞳、空しく中を切る鋼鉄。

しかし戦争機械はまだ奥の手を隠し持っていたのです。

球状の胴体が卵を割るように開かれ、猛烈な勢いで回り続ける巨大な歯車、この機械の「竜」の機械の「心臓」ともいえる部品が

まるで恐ろしい回転鋸のように迫り出され、両腕の使えないガン・ホーに向かって行くのです。

恐れを見せることもなく、怯えを知らせることもなく、“機械人間”の表情のない「顔」は従容としてその刃を見つめました。

鋼鉄の鎧の中に座した者が、どのような顔色であるかは伺い知ることも出来ず。

僅かに均衡が崩れれば忽ちに打ち倒される分水嶺の際で、ロボットと人間は運命に立ち向かい、それを弾ね除けるべく闘い続けました。

ほんの僅かな時間、しかしとてもとても長く続くような時間が過ぎて。

その均衡は崩れました。

力の足りぬもの、性能の劣る側がゆっくりと押し倒され、強固であった側がのし掛かります。

マシーネン・メンシェのガン・ホーはその膝を割り、部品のかけらや機械油をまき散らしながら大地に擱座してしまいました。

回転鋸が胸の扉にその刃を突き立てようとするまさに、その時。

 

 この二大機械の決闘の、均衡を変え得る最期の要素が盤面に現れたのです。

 

つづく

 

 

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