水平線の向こう側から朝日が昇るように、明ける夜空に金星が輝くように、その光は現れました。
大型機械の激突を、固唾を呑んで見守っていた人々の、背後から煌々と燦めいて。
導火線を走る炎の勢いに、一人が気づけば即ち傍らの者を引き、たちまちの内に衆目は一点に引き寄せられます。
それはちっぽけな人間でした。どこにでもありふれた、誰の隣にでも、居そうな人間。
ほんの少しだけ夢を持ち、もっと多くの夢を捨てて、ごく普通に歩み、しごく真っ当に進んできた、ありきたりの個人。
少しも英雄らしくはなく、誰から尊敬されることもなく、ただ自分自身の気概だけを、世の重心に据え置いて、その如くに来たる者。
泥塗れのブーツも、泥塗れのズボンも、泥塗れの上着も泥塗れの帽子も、なにひとつ胸を打つものなど身につけていなくとも
その片手に掲げられた灯火は、夜空のどんな流星よりも人の目を惹きつけ、人々は波が引くように彼の人の通るべき道を開きます。
開いた先に待ち受けるものはまさに、ガン・ホーとタケルがZZZ団の戦争機械に屈服しようとする、その瞬間。
神々の黄昏のようなその光景を目にして尚、いささかの躊躇も逡巡も見せずにまるで近代五輪の聖火走者のように、
「ブーメランのグライムズ」は荒涼と広がる決闘場に向けて力の限りに走り出しました。
二体の巨大なロボットの前では、ひとりの人間の存在など儚いもの。
その鋼鉄の手足がひとたび振るわれれば、風前の灯火のように掻き消されてしまうことでしょう。
しかしグライムズは鋭い眼差しを揺らがせることなくZZZ団の戦争機械を真っ直ぐ目指して駆け寄り、
右腕を大きく背後に振りかぶり、
最後の一歩を思い切り踏み込むと
掲げた灯火を横手に構え、二つ名に恥じることなくまるでブーメランを放つように、力一杯に投げつけました。
導火線から発する煙火は弧を描いて中空に軌跡を映し、吸い込まれるように飛翔したその
ダイナマイトは。
球形の胴体をふたつに開いて回転鋸を駆動させていた戦争機械の懐中に飛び込み、
雷管はスコップの柄に針金で結わえ付けられていたダイナマイト五本分の爆薬を一斉に燃焼させました。
岩盤を砕き坑道を穿つその凄まじい爆発は、瞬時に戦争機械の内部機構を引き裂き千切り
歯車や電線、発条、あらゆる部品は砕けて飛び散り、爆風は周囲の人々を大地に薙ぎ倒すほどに吹き付けました。
とりわけ間近にいた一人は、襤褸雑巾のように地面に叩きつけられました。
極めて人工的な嵐の奔流の中から、ガン・ホーが厳かに立ち上がりました。
その身体は煤に汚れ破片に傷つき、砕けた片膝を引き摺りながら、地面に横たわったグライムズの元へ一歩一歩と近寄ります。
鋼鉄の腕が差し伸ばされても、彼の人の目は閉じられたままで、
胸の扉が開かれ、泣きじゃくったタケルが駆け下りてきても、石炭のように真っ黒な顔に笑みが戻ることはありません。
「――いやだよ、ぼくは、こんなの、ねえおねがい、グライムズさん、目を開いてよ!」
ガン・ホーの硝子の目は涙を流すこともなく、ただその真紅の輝きは、こころなしか普段よりも小さく、薄暗く見えました。
(こんな時に、私は何が出来るだろう)
その心の中には自問が渦巻き、しかし自答は少しも浮かび上がりません。
遠巻きに見つめていたリヒター所長以下の人々が集まってきても、彼らのように沈痛な面持ちを浮かべることさえガン・ホーには出来ないのです。
どれほど大きな体をしていても、どれほど大きな力を持っていても、哀しみのひとかけらさえ作り出すことは出来ず、
(ああ、やはりそうなのだ。私自身がそうであるように、私の心も――)
けれども、ガン・ホーがようやく答えをみつけようとしたその時に、固く閉じられていたグライムズの目蓋が開かれました。
覆い被さる巨体と目を合わせ、沸き上がる周囲の歓声を聞き流して、
額にしわ寄せどこか不満そうな声で、グライムズは言いました。
「誰か、俺の帽子がどこに行ったか知らないか?」
ダイナマイトの爆発で吹き飛ばされていたグライムズ愛用の野球帽は、人々の重い足取りに重ね重ね踏み付けられていて、
まことに見るも無惨な有様で発見されました。
* * *
いっとき皆を包み込んだ気まずい空気も、しかし一陣の涼風が煙を掻き消すように去り、すぐに喜びの笑顔が取って代わりました。
リヒター所長はびっこを引き引き近寄ると、もう十年来の親友に接するように肩を回し腕を取ります。
「すごいなグライムズ、あんな手管は初めて見たぜ」
「あーいや、俺にはその、初めてと言うか、前に、その、」
「ほぅほぅ、集束爆薬をああやって使うのは鉱夫の技ではあるまいに」
居酒屋の老人もしわだらけの笑顔で迎えます
「お前さん、もとは兵隊かの。戦闘工兵の戦術じゃなあ、あれは」
「いやその」
「すごいな、軍人だったのかあんたは!」
「ええっ、グライムズさんも兵隊さんだったんですか!」
どうもタケルの周りにはそんな人たちばかり集まっているかのようです。
「実はな」
驚く人々を見回して、グライムズは重大な秘密を明かすように厳かに答えました。
「前に映画で見たんだ。あんなに上手くいくとは思わなかった」
その声音にはどこか気恥ずかしさも混じっていたのですが。
「有り難う御座いました。御陰で助かりました」
ガン・ホーは破壊された膝関節を庇うようににじり寄り、大きな体をかがめて礼を述べます。
「なーに助かったのはこっちだよ、ガン・ホー君。君があの化け物を捕まえてなけりゃあ、投げるものも投げられまい。
『ドラゴンが出てきたら取り押さえる』、おれの言った通りだろう?」
「いえ、あれはドラゴンではなくてZZZ団の戦争機械だったのではないですか」
「似たような化け物じゃないか。夢がないなあ、君も」
「そうでしょうか。そうなのかも、知れませんね」
少し困ったようなガン・ホーの声色でしたが、タケルはもっと心配そうにガン・ホーを見上げました。
「痛くないって言ってたけれどガン・ホー、君ははこんなにたくさん怪我をしちゃったんだよ・・・」
でもそんな頭を、グライムズはぐいぐい撫でつけます。
「心配すんな、ここに集まってる連中ならちょっとやそっとの修理ぐらい朝飯前さ。部品だって、そこいらに転がってる」
ZZZ団の戦争機械は内部から破壊されて、辺り一面に歯車やケーブル線やらが散らばっています。
「痛っ、いたたた」
グライムズの腕には少し乱暴な親しみがこもっていたのですが、タケルのおでこには立派なたんこぶが膨れていたのでそれどころではありません。
「なんだおめーの方が怪我してるじゃねえか」
「う、うん。地下の、湖に落ちたときに、ちょっとぶつけてしまって・・・」
「本当かい!?大丈夫なんだろうね、タケル」
「あーあー心配すんな、これぐらいお前さんの修理よりも簡単だ。ほっときゃ直るさ」
「そ、そうなのですか」
「だまっていてごめんね、ガン・ホー。でも言い出せばきっと心配すると思って」
「とりあえずコイツをかぶっときな、少しぐらいは助けになるさ」
と言うとグライムズは愛用の野球帽を、なんの雑作もなくタケルに渡しました。
「俺にはもういらねえ物だから、お前さんにくれてやるよ」
雑作もなく言われたひと言にタケルの目はまん丸になり、ガン・ホーの『目』も絞りを一杯に開いて驚きました。
「いらないもの、じゃないでしょ?大切な帽子なんでしょう、もらえないよ、ぼくは」
「それはあなたの夢を叶える為の物ではないのですか」
泥に汚れ埃にまみれ、風に飛ばされ人に踏まれ、ひどく傷んで襤褸布のようになって、それでも捨てられないような何か。
「夢ねえ・・・」
グライムズは肩をすくめてぐるりと周りを見渡しました。
まるで嵐が通り過ぎた後のような坑道の惨状、亀裂から沸き上がり続ける熱い水蒸気。
「おいリヒター!正直な所を聞かせてくれよ」
鉱夫達に混じって戦争機械を検分していたリヒター所長が、振り向いて三人のところにやってきました。
「正直って、何がだ?」
「この先、このヤマの行く末さ」
「ああ、それはまったく絶望的だよ」
リヒター所長は却ってさっぱりしたような表情で言いました。
「試掘は失敗、設備は全壊、坑道の中は水浸し、これじゃあ本社は開発中止で撤収は間違いのない所だろう」
「そんな・・・」
「申し訳ありません、私がもっと巧く立ち回ればもっと被害を減らすことが出来たのではないかと思うのですが」
「なにも君たちの所為じゃあないさ。元々、この鉱脈自体が不確かなものだったのだからね。
どこかの穴掘りがたまたま拾った小石が少し光っていた、結局その程度のことなんだよ」
「という訳でな、ここには俺の叶える夢も、探す物も、そもそも何にも無いと、そういう事なんだな」
こちらも何かさっぱりと、憑き物が落ちたようなグライムズ。
「だから俺は――」
「へっ、どこかカネの成る所へでも飛んでっちまえよ」
「失礼なヤツだな、人の話の腰を折るな」
エヘンとひとつ咳払いをすると、
「俺はここに残って、みんなを手伝う事にするよ。それはきっと『夢』じゃあないんだろうが、やらなきゃいけない事ではあるんだ。
だからその帽子は君が、君らが持って行ってしまっても、全然が問題無いのさ」
「そんなことはないでしょう、グライムズさん!そんな、簡単にあきらめるようなことが、それが『夢』だったの!」
「人聞きの悪いことを言うなよ坊主。俺はここまで随分と難しく諦めることが出来ずにいたのさ。
トンネル掘りだっていくら長々掘り続けても、最後のひと突きなんざ簡単であっさりしたもんだよ」
「しかし、いずれまた夢を叶えようと思う日がくるのでは?その時まで仕舞って置く事も出来る筈です」
「あーいかんいかん、そりゃ駄目だ。そういう物を持ってるとだな、勝手にフワフワ浮き上がっちまう。そろそろ地に足をつけて生きて行かなきゃならん潮時だ。
だからもし、もう一度夢を探しに、どこかに宝の鉱脈を見つけようと思い立ったときには――」
人には『ブーメランのグライムズ』と呼ばれていたその鉱夫は、共に夢を追い共に現実を歩んできた、物言わぬ連れを見下ろして言いました。
「その時にはブーツを投げることにするよ」
「でも、でもブーツってそんなに遠くまで飛ばないでしょう?」
「多分、天気予報ぐらいはできるさ。別にどこかに行かなくたって出来ることはいろいろあるもんだ。だからな」
グライムズは目の前の少年達に、笑っているような、泣いているような、どうにも説明の付かぬような表情で言いました。
「俺の代わりに夢を叶えてくれよな」
「それは・・・おかしいよ、そんなのは変だよ」
「別におかしかないさ、俺の夢はここで終わり、君らの夢はまだ続く。バトン・タッチだ――」
今度こそ本当に楽しそうな顔でグライムズは言うのですが、タケルはすっかり困った様子。
そこにガン・ホーは機械の目の焦点をぐるりと合わせて、グライムズの姿をはっきりと捉えて言いました。
「私には叶えたい夢があるのですが」
「そりゃあ結構、大いに結構だ」
「それは私の、私たちの夢なのであって、決してあなたの代わりになれるようなものではないのです。渡したり受けとったり出来るものではありません」
「そうだよ、ぼくらはぼくらでがんばるから、グライムズさんもあきらめちゃだめだよ」
「・・・まったく、どいつもこいつも人が珍しく皆のために骨を折ろうと言ってるのに、なんだって反対ばかりするんだ!」
大仰に天を仰ぐグライムズに、リヒター所長は冷静に告げました。
「何もすることが無いからだろう」
「おいおい」
「結構な申し出有り難う、しかし一体何を手伝うつもりなんだ?ご覧の通りにここは不毛なゴミ捨て場と化してしまった訳でな」
「フフフ、リヒターよ、お前さん金のニオイにはちっとも鼻が効かないんだな。ご覧の通りにこの場所にはまだまだ、手をつけることがあるというのに」
「何ぃ、一体なんなんだ、そりゃあ?」
「見てわからんかね」
グライムズは両脚に履いたブーツで固く地面を踏みしめて言いました。
「温泉だよ」
* * *
「温泉・・・」
「そう!この地の底より只同然で湧き出で至る、天然自然の熱湯を元手に健康観光看板出して、人を集めて金にする。これが商売だ!金儲けの泉だ!!」
「そんなのが儲けになるのか・・・」
「少なくとも賭けにはなるね。誰かひとくち、乗る奴はいないか!」
周囲を取り巻いていた鉱夫達は、思案に暮れてお互い顔を見合わせます。茫漠たる、夢のような話になかなか賛同する声は上げられません。
「どうした、ただの一人もいないのか!?お前らみんな、また何処かに流れて行っちまうのかよ!今あるものに目をそむけて、
有りもしないものを『夢だから』とか言い続けて、行き先も知れないところへさまようだけでさ!
何も見つからず、何も得られないまま、明日はきっといい日になるだろって『夢みたいなこと』を言っていられりゃ世話は無いが」
まさしくその通りの事を言っていた人物が、ひとりひとりを見回して言葉を継ぎます。
「いま、ここには有るんだ。夢でなくても、叶えられるものが。手を伸ばすだけで掴めるものが。俺は、俺達はそれを見つけたんだよ」
「それがどうした、こんな地の果てで湧き出した水たまりに、いったいどんな価値があるんだ」
「あんたがそんなものに賭けてみたいのは勝手だけれどな、俺らは到底乗れないよ」
誰かが声を上げました。人並みの中に隠れて、声を発したその顔は見せないままに。
「価値なんてものは、いまから作るんだよ!この手で、この足でだ。俺達が見つけたものは『目標』なんだ、いま立っているこの場所で、ここに居るみんなだけに見えるものなんだ!」
「・・・俺にはなんにも見えないけどな」
リヒター所長はため息まじりに言いました。
「つまらない男だなあんたも!いいかよく聞け――」
「まあ、待てよ」
と、湯気でも出そうな勢いのグライムズを押し止めて、
「今ここで、なにが出来るかはわからない。温泉が湧いて出たからって、ひとが呼び込めるかもわからない。なにが上手くいくかなんてわからない。わからないから、な」
リヒター所長はどこかを見つめながら言葉を継ぎました。それはずっと遠い所を見ているようでいて、すぐ目の前を見ているようにも見えました。
「・・・なにもしない方が良いかも知れないんだ。それは本当にわからない。どちらかを選べと言われても簡単には決まらない」
(・・・あっ!)
タケルは、思い出しました。この旅を始めたときに、耳にした言葉を。ゆき子さんが、ささやいた声を。
(正しい方と正しい方と、どちらかを選べ)
いま、タケルが目にしている光景と、悩んでいる人の姿は、それとは全く異なるものであるのに、ひどく胸に響いたのです。
「温泉だって?まったく馬鹿馬鹿しいにも程がある」
悩むということ、そして選ぶということ。
「だから、乗ってやるよ。これ以上馬鹿らしい思いつきもないだろうから、どれほど無様に失敗したって後悔なんかするものか」
「・・・本当にお前はひどい奴だなリヒター、俺がこれほど慈善と隣人愛と団結精神に溢れた人間でなければ、危うく申し出をはねつけるところだぜ!」
ふたりは大笑いして、互いに背中をどやしつけました。精一杯に笑ったその顔は、
タケルがグライムズの家で見つけた写真にあった面影に似て、ひどく儚げな人たちであっても、まるでそこが世界の中心であるような、ささやかな自信に溢れていました。
やがて、遠巻きに見つめていた人々の中から、
ひとり、
またひとりと、
小さな輪が生まれて。
それはずっと大きな仲間となって、思い思いの歓声と、変わらぬ笑顔に溢れかえっていったのです。
「みんな、うれしそうだね。これで、よかったのかな・・・」
タケルはグライムズから譲り受けた野球帽をしっかりと手に持っていいました。
「うむ、私にもそれはよくわからない。けれど、彼らはとても幸せそうに見えるね。同じ事を願い、同じ事を考える。悩まず、苦しまずに――」
ガン・ホーはまあるい頭をくるりと回して、あらぬ方向を見つめました。
「どうしたの?なにか・・・」
「いや・・・なんでもないよ。さあ、みなさんのところに行こう。私とタケルの同じ夢を叶える為にも、まずは壊れたところを直してもらわなければいけないからね」
そう言ってガン・ホーはゆっくりと歩きだしました。タケルは少し心配そうに見守り続けたので、ガン・ホーが何を見て何を考えていたのか気がつきませんでした。
その視線の先にはZZZ団の戦争機械がばらばらになって転がっていたのです。
* * *
「この野郎が粉々にしちまったけれど、無事な部分もいくつかあるよ。ほら、これなんか使えるんじゃないかな?」
リヒター所長が手にとって見せた機械部品を、ガン・ホーはじっと見つめました。
「仕方ないだろ、リヒター。他にいい手が、なんかあったのか?まさか部品取りに使おうだなんて、ダイナマイト投げたときには思いも寄らなかった」
「まあ、ブーメランを投げるよりはましなやり方だったな」
「うるさいな」
二人の会話に耳を傾けることもなく、ガン・ホーはたずねました。
「これは一体、何の部品なのでしょうか」
「うーむ、おそらくこれは歯車式の計算機だな。あの戦争機械の、言ってみれば脳味噌のようなものだね」
それは小さな歯車がいくつも噛み合わさり、継ぎ手や電線が繰り出されている精巧な作りの部品でした。
「脳ということはつまり、あの機械もものを考えたりしていたのでしょうか?心を持って、なにかを思ったりしていたのでしょうか」
「心なんて大層なものじゃあるまいよ、君も伝導線を見ただろう?ただ言われた通り、命じられた通りのことをするだけの、その・・・」
「ただの機械だったのですね」
「まあそういうことになる」
「お前さんとはえらい違いだぜ、ガン・ホー君よ」
グライムズはガン・ホーの巨体をばしばしと平手打ちしながら言いました。乱暴な様子でも、乱暴な言葉でも、それは大切な友人に向かうかのような優しさに溢れて、
にっこり笑っていたのです。
「そうだよ、ガン・ホー。きみの中に入っている心とはぜんぜんちがうよ、それは『水晶頭脳』って言われてて、もっときれいで・・・」
タケルはちょっと考え込んでから言いました。
「まるでそう、夜空のお星様みたいだったよ」
「タケルは私の『心』を見たことがあるんだね。私もそれを、見てみたいものだな」
ガン・ホーの表情を持たない顔もスピーカーから発せられる声も常日頃と変わらぬ様子なのですが、
それでもタケルには、なにか普段とは違う様子が感じ取れました。
「・・・やっぱり、なんだか元気がないよ、ガン・ホー。なにかあったの?ぼくが知らないことがなにか・・・」
「いや、大丈夫さ。私は見かけよりも頑丈に出来ているからね」
そう答えるマシーネン・メンシェこそは、いつもと変わらぬガン・ホーなのです。
「さあさあ、とっとと修理に取りかかろう。タケル君、君は危ないから少し離れていなさい」
「あ、でも・・・」
それでも心配そうなタケルでしたが工具や部品を持って集まってきた鉱夫達に場を譲り、一歩も二歩も離れて修理を見守りました。
「では、とりあえず乾杯。何事にも酒はつきものじゃなあ」
居酒屋の老人が酒瓶を片手に音も気配も無く現れても、もうすっかり慣れっこになったタケルは動じません。
「おぅ、爺さんにも世話になったなあ、俺にも一杯わけてくれよ」
機械修理などにはとんと縁がないグライムズも、ひょっこり近づいてきます。
「お主飲んでいる暇があるのかの、先程自己の将来についてなにか演説をしていたようじゃが・・・
飲まずとも酔える質ならば、その身に如何ほどの酒も居るまいて」
「なに言ってんだい、鉱山だろうが温泉だろうがおよそ人間いるところには居酒屋が必要だろう」
「まさしく」
「という訳で俺が新たな門出を記念する酔漢第一号だ」
「ツケを払ってからじゃな」
「出世払いにしといてくれ」
拳闘の試合か風変わりなダンスのように手を伸ばし身をかわし、酒瓶を狙いまた守ろうとする二人を見ながら、
やっとタケルの顔にも笑顔が戻ってきました。
「むしろお前さんが一杯やるかね、大活躍のごほうびじゃ」
老人の誘いにもとんでもないと言うふうに、笑って首を振ります。
「爺さんガキに飲ますようならタダで俺によこせよ」
「やかましいわい、働く前から酔うことばかり考えているような輩に酒が売れるものかの。この『ダイナマイト』め」
「なんだそりゃ」
「お前さんの新しいニックネームじゃ、たった今考えた。これからはそのように名乗るが良いぞ」
「やれやれ、もうブーメラン売りも廃業かな・・・そうだ、飲み代代わり俺のブーメラン受けとらないか。壁にでも掛ければ店先が華やかになるぜ」
「そんな魚とワニの区別もつかんようなものはいらんわい」
* * *
鉱山に居合わせた人々が、すべからく歓喜と希望に満ちていたのとは対照的に、
山の向こうに隠れていZZZ団の隊員達はすっかり不機嫌な様子でした。
「信号は途絶、完全に破壊された模様」
戦争機械を遠隔操作していたZZZ団隊員は表情も変えずに告げました。
山肌にはおとぎ話のドラゴンでもくぐり抜けられそうな大穴が醜く穿たれ、
分離された前車を遠隔操作していた連結式装甲作業機の三輌目、有人指揮車からは伝導ケーブル線が蛇のように地中へと伸びています。
そのケーブル線は力なく垂れ下がり、もはやどこにもつながってはいません。
背後の座席にいたもうひとりは天井のハッチを開いて身を乗り出し、尾根筋から立ち登る煙を見つめています。
「いくら直接視認下ではなく、砲填兵装も持たない状態とは言え、我がZZZ団の装甲作業機が全力で戦ってもまったくひけを取らんとはな」
「ああ、機関出力も装甲強度も、明らかにあのマシーネン・メンシェの方が上回っていた。信じがたい性能だ」
指揮車の操作盤には装甲作業機が最後に伝えてきた、ガン・ホーの煌々と光る眼が映し出されていました。
無機質に輝く、真紅のカメラアイ。
「まったく、なにが“機械人間”なものかよ」
操縦手は忌々しげに“人間”という単語を吐き捨てるように言いました。
滑るように席に下りると、セルモーターのスイッチを入れ、
「・・・あれはとんでもない化け物だな!」
吐き捨てるように呟くと、何処かにあるZZZ団の秘密基地を目指して、遙か彼方に走り去っていきました。
つづく