「幕間のできごと」

 


「行ってしまったなあ」

「ああ、行っちまったな」

リヒター所長とグライムズ、ふたりの男はガン・ホーとタケルの姿が地平線の彼方、夕日の暮れる側へと消えていくのを見守っていました。

「二人とも随分と手伝いたがってたじゃねえか、無下に断りやがって」

背後では鉱夫達が大嵐が通り過ぎたあとのような有様の坑道や、大怪獣のむくろのような戦争機械の残骸を片付けて、再建への第一歩をそれぞれに歩み出したところです。

「我々自身でやらなければ、意味がないんだ」

「まあねえ」

ふふ、と洩れたものはため息とも微笑ともつかずに吹き抜け、

「しかし、一仕事終えたら賃金渡してはいそれまでというのはいかにもお前さんらしいが」

そして今度ははっきり皮肉めいた色をこめて言いました。

「あの巾着にどれだけ詰め込んだんだか、それは実にお前さんらしくはないな」

「我が社の給与規定に『怪獣退治』や『陰謀阻止』の項目は無い」

リヒター所長は怒りも笑いもせずに真面目な顔で答えました。

「・・・だからその点に関しては個人的に考慮して少し色を付けた。経理には大声で言えないことだけれどな」

「こちとら怪獣や陰謀を相手に働くなんざ柄じゃないが、さて連中、やって来るかね」

「ああ、間違いなくな」

「だとしたら尚のこと、あのデカイのは居た方がよかったんじゃねえかなあ」

「そういうお前も、やけに熱心に送り出していただろう」

「いつになるかわからんからなあ、無理に引き留めとく訳にもいかねえよ」

「何時になるかは判らんが、必ず来るはずだ」

「ZZZ団が、か」

 

*                            *                            *

 

 瀬生草蔵博士がその扉の向こうへ足を一歩踏み入れたときに、頭をよぎったのは大英博物館の古生物館の記憶でした。

広い部屋、高い天井にぼんやりと照明が点され、物言わぬ巨大な姿が鬱蒼と立ち並ぶところ。

大英博物館に居たものは遙かな太古の生き物たちでしたが、ここZZZ団の秘密拠点、地下の大格納庫にずらりと揃えられているのは

現代の科学が、現代の人類が、現代の世界が生み出した戦争機械の数々でした。

中生代の恐竜化石のように巨大な、禍々しい姿は見知らぬものにはその動作も働きも、恐竜と同じくらいに見当もつかぬ存在。

かつて大英博物館では生命の神秘に感銘を受けた瀬生博士でしたが、戦闘機械の秘密はなんらの感動も受け得ないのでした。

そして無言の軍勢に閲兵を受けるかのごとく、機械の行列の果てには薄暗い照明の照り返しを受けた銀の仮面の人物が、

ひどく質素に見える書き物机の前に座しておりました。

「ディナーの前に呼びつけてしまって申し訳ないね瀬生博士。しかし是非とも君には聞かせておきたいことがあるのだ」

「いや気遣いなど無用だ。お前と話せば多少なりとも食事が不味くなるだろうから、それはそれで私の良心には反せず結構なことだろうよ」

ZZZ団総統は仮面の下で少し口元をほころばせました。

「我輩ときにはこのような場所で執務を行う方が仕事がはかどるものでね」

ZZZ団の総統は身振りひとつで瀬生博士を連行してきた隊員をさがらせ、総統の背後に侍っていた人影も、音も無く姿を消しました。

「君の目には奇矯に見えるかもしれないが――」

「今更驚くことなど何もない」

瀬生博士はフン、と鼻を鳴らして総統の言をさえぎりました。

「貴様の行動、規範や理念は私には理解できない方が状態としては望ましいのだ」

「相変わらず頑固な男だな君は。いささかも協力する度合いが見えない」

「当たり前だ」

「少しは同業者達を見習いたまえよ。アンリ・コアンダ君は既に示唆に富んだ意見をいくつか出してくれているし、クルチェフスキー君にいたっては我が団員の中から有志を募って

特別講義を開くそうだ。『大砲クラブ』といったかな?君も一度のぞいてみるといい」

「興味が無い」

「好奇心の無い者には真理への扉は開かれないものだがね。しかしまあ、それもよかろう。君の研究、専門の対象に囲まれているならば少しは話が早いと思って

 ここに招いたのだ。他でもない、マシーネン・メンシェの話だよ」

見るだに恐ろしげな異形の戦争機械達が言葉もなくひしめき合っていましたが、その中には二本の足を持ち、二本の腕を持つものは、ただのひとつも在りはしませんでした。

薄ら寒いコンクリート敷きの格納庫の中で人の姿をしたものはふたつだけ、

瀬生草蔵博士と国際戦争協議会ZZZ団総統の二人だけでした。

 

「お前はなにか根本的な所で誤解している。マシーネン・メンシェは戦争の道具などではないのだと何度も言っただろうに、私の研究はこんなものとは少しも関係が無いのだ」

「君こそ重大な誤解をしているぞ瀬生博士。成る程ここに在る物は、全て『人』とは言い難い。しかしこれらの兵器がどれほど戦場の様相を変えると思う?塹壕を乗り越え、保塁を砕き、

 要塞を制圧する――

 我がZZZ団の戦争機械は未だ進化階梯の途上にして、現在も尚発達中のものである。例えていうなればこれらは地を這う獣に近い。しかしいつかは二本の足で立ち上がり、

 二本の腕で打ち砕くのだ。世界を、秩序を、平和をだ。ZZZ団のマシーネン・メンシェはその為にこそ建造される」

「・・・世界を破壊するために、人間は動物から進化した訳ではないのだ」

「ふむ、これまではそうであろう。しかし私は現代の世界に於いてあるひとつの種の進化に手を添え、発展を導き、意のままに繁栄させようと考える。

 ただの戦争機械は世界を破壊するために戦争機械人間へと進化を遂げるのだ。

 いずれ編制されるべきZZZ団のマシーネン・メンシェ部隊から思えば現在只今の戦争機械は差詰め軍馬や軍犬のようなものかな。人に比べれば甚だ戦力には欠けるが

 なに、愛すべき生き物たちではある」

「なにが生物なものか、こんな生き物がどこにいる。精々どこかの荒唐無稽な空想映画会社にならば、こんな化け物共をまとめて引き取ってくれるかも知れないな」

「ある種の戦争映画には、既にZZZ団の文化事業部を通じて密かに投資を行っておるよ。我輩の興味にあうような、戦意高揚映画ならばね」

「文化事業部だって !? そんなことまでやっているのかお前達は!!」

総統は心底楽しそうな笑顔を――相変わらず仮面から漏れた下半分だけに――浮かべました

「総力戦には総力を注がねばならん。故に文化事業とてその頚木に縛り付けねばならぬのだ。常日頃から不和を招き不安を煽り不信を植え付け、

 いざ開戦という段には容易に大火を起こすようにと」

「なんということを・・・知らぬこととはいえ、いや・・・驚きだな」

「知らないのも無理はない、資金提供はいくつもの偽会社を通じて行われているのだからな。監督も俳優も、まさか気前のよいスポンサーの正体が我々ZZZ団とは知るまいよ。

 実は一度完璧なメーキャップを施して撮影現場に紛れ込もうとしたのだが、残念ながら部下達に引き止められてしまったよ。いつかはまたやってみたいと思うものだが・・・

 しかし、確かに空想科学映画という題材も悪くないな。うむ、よい着想だ」

「いや『空想科学』映画ではない。『空想』映画だ」

「現にこれらは存在し、行動しているのだよ。現実を正直に認めないのはまことに科学者らしからぬ態度だな」

「どれほど現実的な技術に基づこうがお前の描いている観念なぞはただの空想、妄想の類だ」

「ふむう・・・かつて『神は死んだ』と言った者がいた。初めてそれを聞いた時、我輩はその者を笑ったものだ。だが、しかしね瀬生博士――やはり神は死んだのだ。

 その者は正しかった。ただ少しばかり時流に先んじ過ぎただけでね。神は、死んだ。

 愚かな政治家や愚かな将軍が牛のように生き、そして愚かな兵士達や愚かな若者達が豚のように死んだ世界大戦の戦場の、ヴェルダンだかソンムだか

 何処ともつかぬ場所で、何時ともつかぬ間にな。では神亡き後に生き残ったものは何をすればよい?声無き死者に成り代わり、何を叫び、何を憂い、何を起こすべきか。

 これが答えだ、その答えなのだ。命無きものが戦場を疾駆する。魂を刈り取る刃は空想上の死神などではなく、現実に人が作りあげた機械の腕にこそ握られるのだ。

 それは新しい時代、新しい支配である。新しい哲学、戦闘する哲学によって教え導かれる人々の時代なのだ。この二十世紀に、人々を従え先導するもの。

 それは二本の脚を備え、二本の腕を持つ、人に似て人に非ざる存在でなければならぬよ。幾多の門と数多の宮殿を踏みにじり、畏怖と信仰を奉られべきる存在。

 それこそは死者の代弁者、生者を支配するもの。それはすなわち、神の領域である」

総統は交響楽団の指揮者のように、両手を広げて戦争機械たちを仰ぎ見ます。

「・・・そんなものを神だと崇めて信仰する人間がどこにいるか」

「いるとも」

総統は胸を張り、自信に満ちて答えました。

「クレタ人は青銅の巨人をタロスと名付け、ユダヤ人は土くれから生み出された命をゴーレムと呼び慣わした。いつでもひとは人の型をし、そして人ではないものを神と信じ崇めてきた」

 

*                            *                            *

 

 夕闇の迫る鉱山では、鉱夫たちがせわしなく辺りに目を配り、耳を傾けながら、坑道の周囲に集まっていました。

ZZZ団の戦争機械はいくつもの部品を取り外されてすっかり骨格標本のような有様。

そしてその骨組みは沈む夕陽に照らされて、赤く輝き、

「今ふと思ったんだが」

グライムズは言いました。

「こいつをこのままとっておいて、見世物にするのはどうだろう?前世紀の怪物、満州に現る・・・とか言ってさ」

「そういう戯言はもっと事態が落ち着いてからにしてくれ」

リヒター所長は気難しげに戦争機械を見つめます。

「それなりに軍事機密の塊りなのだろうから、ZZZ団のやつらがこのまま放って置く筈もあるまい」

「そりゃまあ、飼い犬が獲物を拾いに行ったまま帰ってこなけりゃ、犬を探しに行くのが飼い主の務めだしな」

「俺は犬を飼ったことがないので解からん」

「あっそう・・・」

グライムズは何事か考え込んでいましたが、すぐに電球の点ったような笑顔で言いました。

「ここで一匹、犬を飼おうぜ!温泉で泳ぐお利口なワンちゃんとか言ってさあ」

リヒター所長は自分のこめかみが何か勝手に動き出したかのようにぎゅうぎゅう押さえつけ、目の前の穴蔵から吹き上げている蒸気のような深いため息をつきました。

「まず対処しなければならんことは他にあるだろう、貴様は本当に計画性というものが欠如しているな、経営者などには絶対なるな!!」

「うん、昔はよく言われた」

今更傷つくことなどなにもない、と言った風情で聞き流したグライムズは

「けどよう、待った挙句に何も来ませんってえな場合も十分有り得るんだから、計画性の埒外にある計画だって立てても良いよな」

と、ひとり腕を組んで肯きました。

「いちいちそれを口に出すな!」

「大体俺ぁアタリの無いのに慣れっこでね、こうして待ち構えてるのにもいい加減痺れが切れて・・・」

「来なきゃ来ないでそれでいいが、だとしたって他に――」

 

「来たぞおっ!」

急を告げる見張りの声が響き、なにか砂埃を巻き上げて近づいてくるエンジンの駆動音が、夜風に乗って運ばれてきました。

 

*                            *                            *

 

「おとぎ話では在るまいし、本気でそんなことを考えていたのか・・・」

「私はいつでも真剣に生きているよ、瀬生博士」

「とんだお笑い草だな。なぜ形にこだわる必要があるのかね」

「拘らなければなるまいよ。偶像崇拝多いに結構!世の中が常にバビロン足るには、魔都に相応しかる存在が必要なのだ。

 二足歩行兵器は神々の写し絵――真の戦闘能力はその精神性に宿る。それにだ、瀬生博士。君は嘲笑うかも知れないがね、

 それらは遠の昔に実用化され、有史以来の全ての戦場で実戦に投入されているではないか」

「なんのことだかわからんな。前々から疑念を抱いていたのだが、もしや君は私とは違う歴史、世界を生きてきたどこぞの遊星人か何かなのではないのかね」

「本当に物を知らない男だな、インファントリー・マークワンと呼ばれる類の二足歩行兵器は実に優秀でね。戦史に登場して以来あらゆる世界で実戦に投入され改良を重ね続け、

 未だにこれを凌駕するものは生まれ出でていない」

 瀬生博士は椅子を蹴倒して立ち上がり、今にもつかみかからんばかりの勢いでZZZ団総統の外骨の仮面に詰め寄りました。

「それは、それは冒涜だ!なんということを言い出すのだ貴様は!!」

物音に驚いた突撃隊員が大扉を開いて飛び込み、瞬時に機関短銃を構えます。総統は少しも気を留めることなく、まるで蠅や蚊でも追い払うように手をひらひらさせて言い放ちました。

「何が冒涜なものか。我が輩は真理と真実を、解りやすく述べているのだぞ。有史以来最も有用な人型兵器は人類そのものである」

「なんと言われようと貴様らに協力するつもりなどさらさら無い、それが否だと言うのなら、撃ち殺すなりなんなり好きにすればいい。

 要するに貴様が望んでいるのはそんな世界だろうが。意見の異なる者、立場の異なる者、相対峙する者を皆亡き者にし、自らに盲従するものだけを率いた世界、

 私の居場所はそんなところになど在りはしない」

総統はその真紅の眼窩の奥底から瀬生博士を見つめ、噛んで含めるように言い聞かせます。

「いいや、在るとも。その場所は我が輩が作り上げ、君に差しだすのだ。決して凡人には得られぬ、安楽と快楽と暴虐とに刺繍された、それはそれは豪奢な椅子をね」

「──絶対に、絶対に貴様の言いなりになど、ならん!!」

「やれやれ」

総統はわざとらしくため息をもらして

「ああ、なんと聞き分けのないことであろうか」

 舞台役者のように大げさな身振りで両手を広げ、天を――といってもそこには分厚いコンクリートの天井しかなかったのですが――を仰ぎ見ます。

「全ての物事は対話により成就される。この男は口ではそのような事を言い乍ら、人の話に少しも耳を傾けず、自分の殻に閉じこもり、事実を受け入れず

言うに事欠いて『冒涜』などと、訳の判らぬ文句ばかり言い立てる。これではいかな我輩とはいえ考えというものがありますぞ」

そういうと芝居じみた仕草で黒に銀糸の制服の胸元に手を差し込みました。内懐にしまわれた拳銃でも探るようにその手は動き、何かを掴み、

瀬生博士の顔も強張り、血の気が引いていきます。あぶら汗がテーブルに流れ落ちるのに十分な程が過ぎた頃合いで、

「この男が望むならば、いつ何時でも撃ち殺して進ぜよう。だが、愚者に対するにも礼節を欠かさないのが我が心情。故に――」

口元が引きつり笑みを浮かべます。それはこの総統がなにか人を困らせようとするときに、必ず現れる性癖のようでした。

「百聞は一見に如かず。これを見てもまだ強情を張れるものかね?」

流れる刃のように腕が振るわれ、まるでポーカー勝負の上がり手をひけらかすように、何枚もの写真が卓上に並べて出されました。

 

*                            *                            *

 強力なヘッドライトの光線は夜のしじまを貫き通し、人気の無い通り、人気の無い町並みを照らし出します。

鉱山会社の採掘場よりも、西部劇のゴースト・タウンとでも言った方が通りの良い街路を、一台のスポーツ・カーが走っていきました。

そのスタイルは嘗てどこの国のどこの自動車会社でも作り上げたことがないほどに、流れるような面取りで、

魚形水雷を車に造り変えたような印象すら人に与える流線型、それどころかむしろ「流面型」とでも言うべき独特な形状を成していました。

銀青色の車体の中から右に左に注意深く目を配っていたのは誰あろう、ガン・ホーを追跡している謎の青年でした。

 

「やれやれ、しけた町だなあ」

ハンドルを握る金髪の青年がひとりつぶやくと、

(湿気た町だな)

と、ルームミラーの口元も同じ様に動きました。

スポーツ・カーは町はずれにぽつんと灯されたいくつかの明かりにむかって走っていきます。

傾いだまま路傍に残された、全世界の言葉で書かれた「居酒屋」の看板が風に煽られがたがたきーきー鳴り響き、まるでしばり首に遭った骸骨のように物寂しく見えるのですが、

それでも青年の陽気な笑顔は曇りません。

「こんなところに、ほんとにあのロボットがいるのかねえ?」

(ロボットがいる)

たとえ目じりは笑っていても、ミラーに写り込んだ口元には少しも笑いが見受けられない。そんな笑顔を貼り付けて、一本角を曲がるとライトの先に

なにやら小山のようなものが浮かびました。

「・・・なんだいありゃあ」

場所は鉱山、山があるのは当たり前。しかし目の前にこんもりと捨て置かれていたものは、まるで陸に上げられすっかり解体されてしまった鯨の死骸のような

ZZZ団戦争機械の成れの果てです。

青年はあわててブレーキを踏み込み、スポーツ・カーから降り立ちました。

周囲にはドラム缶に廃材で焚き火が燃やされているのに、少しも人影がありません。しかし懐中電灯でそこかしこを照らしてみれば、此処でなにか恐ろしい戦闘が起きたことは明らかで、

まるで大昔の狩猟民族が巨大な獲物を仕留めた後、何処かへと消え去ってしまったような荒涼とした有様なのです。

思わず青年は怖気を震ったかのように喉仏をごくりと鳴らしました。

「なにをどうすりゃ、ここまで出鱈目にぶち壊せるんだ?こりゃ思ってたよりも難物そうだなあ、あのロボットは」

人気が感じられ無いからと言って独り言を呟くのは考えもので、どこで誰が耳をすませているかも知れません。

「――ロボット、と言ったかな?」

青年は突然背後から響いた声に懐中電灯を振り向けました。

どこから現れたのか、勤め人のような背広を腕まくりにして、顔は泥と埃に汚れた人物が立っていました。

「あー、」

と、青年がなにやら話しかけようとした機先を制して

「確かに、言った言った」

電灯の輪にすべり込むように、くたびれた革のジャンパーに、手にはなにやら得物をぶら下げた剣呑な男が隣に立ちました。

「君たち、これは一体どういう・・・」

どういう訳だか気がつけば青年の周りを、辺りの暗がりから音もなく湧き出た屈強な鉱夫達が山のように囲んでいるのでした。

そして何故だか全員が全員とも、殺気立って青年を睨みつけているのです。

「ぼ、僕はべつにあやしい者じゃないぜ!」

見るからに怪しげな群衆に向かって必死に抗弁を試みるのですが、誰一人として聞く耳を持ちそうにありません。

「そ、そう、僕は『トム・コリンズ』という者なんだ。職業は探偵で何を隠そうピンカートン探偵社から派遣された調査員で君の、その、なんだ、浮気調査を頼まれたんだ!

 洗いざらい吐いた方が身のためだぜ!!」

青年は目の前の背広の人物に向けて指先を矢のように突きつけました。いくら言葉が上滑りしそうであってもその一撃は後ろ暗いところがあるような人間なら

すっかり白状して何でも改心してしまいそうなほど、鋭い一撃でした。

「なんだって!?」

背広の人物――勿論それはリヒター所長だったのですが――は驚きの声を上げました。

「・・・俺は独身だぞ」

鉱山開発と経営その身を捧げて来たリヒター所長は驚きこそすれ動じるところはありません。

「あんた一体何者だ」

「・・・ちぇっ、この手は使えなかったか」

青年は目をそらして呟きましたが、そらした視線の先には小柄な老人が闇夜でも黒眼鏡という見るからに怪しげな風体で見つめています。

「ふむ、怪しいのうお前さん。名前をなんといったかの」

「あー、『トム・コリンズ』だよ?」

「ふふふ、ふはははは、そんな名前の人間がいてたまるかの、そりゃカクテル酒の名前じゃ」

「へぇ〜、お爺さん詳しいねえ。よくもまあこんな地の果てみたいなところで、小洒落たモンだねえ」

「坊主誰に口をきいとるつもりじゃ、青二才め」

居酒屋の老人はにぃっとに歯を剥いて鮫のように笑いました。

「偽探偵が偽銘柄でこの地の果てに何の用かの」

「あー、実はこの」

と青年は背後の戦争機械を親指で指し示し、

「ロボットを――」

二の句を告げるや否や当の本人以外の全員が

「やっぱりそうか!」

と、血相を変えまなじりを上げ、手に手に取ったシャベルやらツルハシやら一名だけは手作りブーメランを振り上げ一歩迫ってきたのでした。

 

*                            *                            *

 

 総統の取り出した写真はどれも機械電送に特有の雑線がいくつも走っていましたが、そこに写し取られたものの姿ははっきりと見分けられました。

二本の脚を備え、二本の腕を持つ。人に似て、人よりも遥かに大きなその影は、その腕を振るい脚を踏みしめ、印画紙から飛び出さんばかりの勢いで、

まさに激闘を繰り広げている“機械人間”ガン・ホーの姿だったのです。

 

「こ、これは西村研究所の・・・なぜこんな写真を!貴様達、私を拐かすだけでは飽きたらず、京都にまで手を伸ばしたのか!」

「馬鹿も休み休み言い給え。誰がそんな無意味な事をするものか。そいつ、そのマシーネン・メンシェはな、勝手に満州までやってきたのだ。自律輝動大いに結構。

 差詰め君を救いに来たのではないかね?『親の心子知らず』とは言うが果てさて。君に新しい“水晶頭脳”を作ってもらうよりも彼を捕らえて、

 稼働状態にある“水晶頭脳”を摘出してしまったほうが話が早いな」

「な、なんということだ・・・」

衝撃に打たれた瀬生博士を余所に、総統はにやにや口元だけで笑いながら、広げた写真を集めます。

「むしろいっそ戦闘用に作り替えてしまうのも良いかもしれん。ZZZ団技術研究本部にとってはさぞかしやり甲斐のある課題であろうよ」

 

「だが、だがしかしそう簡単にはいくまいぞ。私達は彼に『力』を与えたのだから。何者にも負けない『力』を」

クレタのタロス、ユダヤのゴーレム、それら伝説の存在に勝るとも劣らずに、確かにガン・ホーの巨体はこれらの写真を撮影した者を圧倒し屈服させる程の『力』を如実に示していました。

瀬生博士のあずかり知らぬことながら、ガン・ホーはZZZ団の戦争機械を相手にしても全く引けを取らない性能を知らしめていたのです。

 

「ふむ、確かにその通り。おかげで我々は貴重な高価な装甲作業機をひとつ失ってしまった。

 彼に対しては我がZZZ団の誇る“モンストゥルオ”も形無しで、それはそれで残念なことではある」

「しかし・・・ガン・ホー、何故こんなところまで・・・」

「なに?」

珍しくも総統が驚きの声を上げました。

「GUNG-HOだって?それは一体なんのことだね瀬生博士」

「・・・名前だ。彼の、この“マシーネン・メンシェ”の持つ、彼自身の名前だ」

「本当か、それは?また結構な冗談だな。どこの頓馬がそんな名前をつけたのか、是非ともお聞かせ願いたい」

「私が名づけた。それが、どうかしたのか」

「君、君が名づけたんだって??」

総統の口元がぶるぶるとふるえ出し、それはやがて哄笑となって格納庫全体に響き渡りました。

「わはははははっ、こりゃ愉快、痛快、壮快だ!瀬生博士、君は大層冗談の上手い男だな!!是非とも我輩の計画に、加えねばなるまいぞ」

大口を開けて笑い続ける総統の影は、まるで空想上の死神のような姿でコンクリートの壁に浮かんでいました。

*                            *                            *

「ちょっ、ちょっと待った!」

武装蜂起した農民一揆のような鉱夫達に詰め寄られた謎の青年は、それでもトウモロコシ畑のカカシのようににこにこ笑って言いました。

「君たちは本当になにか勘違いしてるようだぜ!何度も言うが僕ぁ少しも怪しい者じゃないんだ」

「ふん、どうせZZZ団の手先や下っ端か何かだろうよ」

リヒター所長はなにか汚らわしいものでも見つめるような視線でした。まったくもって大切な自分の仕事場を台無しにされた後では、

人間早々冷静な判断は出来ないという見本のようでもありました。

 

「ZZZ団?そりゃとんでもない間違いだぞ、実は僕は・・・」

 

と口にしたところで謎の青年は、こりゃやっぱり隠し通さなければいけないなあ、とでも言うような顔をして――

 

「実はタイプライターのセールスをしている者でね!どうやらここでは需要が全く無さそうだから」

 

意外な発言にあっけにとられた大勢を尻目に――、

 

「これにて失礼!グッバイ!!」

 

と片手を上げて一目散に駆け出し――

 

投げるまでもなくブーメランでぽかりと殴りつけた手によって遁走を阻まれてしまいました。

グライムズは慌てず騒がずその腕をがっちり掴んで離しません。

「タイプライターだって?」

頭のてっぺんから足の先まで全身これ疲れ切ったという感じなのですが、眼光だけは少しも鈍らず鋭いままに

「丁度いい、これから昔の仲間を沢山呼んで新しい事業を始めようと思ってたんだ。随分と多くの手紙を出さなきゃいけないところでね」

獲物を前にした猟犬のようにごろごろと喉を鳴らして言いました。

「タイプライターは是非とも必要な道具だなあ」

思わぬ所で飛び込みの顧客を見つけたセールスマンのようにはちっとも見えない謎の青年は

「い、いや恥ずかしい話手持ちを全部売りさばいてしまってね。あいにくひとつも売れる物がないんだよ、はははは」

と、それなりにセールスマンらしくは見える作り笑顔を浮かべましたが、

「なあ、あんたは知らないだろうがそいつはこのヤマでも一番の剣呑でな、言い分は聞いといた方が身のためだ」

リヒター所長はなにか気の毒な犯罪被害者を見るような、憐れんだ顔で言いました。

「なにしろ二つ名を『ダイナマイト』と言って・・・」

「おい待て」

「なんだよ『ダイナマイト』」

「それだそれ、一体なんの話だよ」

「お前の新しい仇名だ。今俺が名付けた」

「勝手につけるんじゃねえや、俺はお前さんの部下でも備品でも何でもないんだから」

この瞬間に「ブーメランのグライムズ」はその通り名を無くしたのですが、当然の如くに部外者の青年にはなんの感銘も与えません。

「なんだか知らないが適当に話し合って決めてくれよ、それじゃさよなら」

と、もう何度目かのお別れを告げたのですが、それでもまだまだ虎口を脱するには不十分なようでした。どんな帳簿の穴も見逃さない鋭い視線が投げつけられたからです。

「こっちもフィラデルフィアの本社に長い報告文を書かなきゃいかんからな、この際だから新しいタイプライターを購入してもいいだろう」

と、リヒター所長は腕を組んでなにやらひとり納得しながら言いました。

「ふむ、どうせなら新しい品書きを揃え直しても良い頃合いじゃわい。それに請求書も起こさねばならんしの、年寄りに手書きは辛いて」

居酒屋の老人も黒眼鏡をきらきら輝かせて言いました。

「タイプライターは大切な友達だ」「タイプライターが無いと夜も眠れない」「タイプライターに神は宿る」「タイプライターってなに?」

などと他の鉱夫達も好き勝手なことを言い出して謎の青年を離しません。むしろひとの輪は縮まり締め上げ、

 

「まあ、ちょっと話を聞こうじゃないか」

誰かのひと言を合図にしたように鉱夫達の中でもとりわけ屈強な者が肩口を押さえつけ、

謎の青年を暗がりの中へ――なにしろひとに話を聞くのに立ちっぱなしでは失礼ですから――引き摺り込んでいきました。

 

はじめは「よせよ」とか「痛いじゃないか」という声が聞こえてきましたが、やがて人が殴られたり蹴られたりするような物音がすると、鉱山は静かになりました。

 

*                            *                            *

 

 ようやく笑いを止めた総統は数枚しかない写真の束を神経質な手つきで何度も何度もシャッフルします。そのまま、妙なことを言い出しました。

「吾輩是でも記憶力は良い方でね。大抵のことは憶えている。我と我が身に起きた出来事、世の流れ、人の理――しかし、なんだな。

採るに足らないことは忘れてしまうことであるな。果てさてどうにも思い出せないことがひとつあるのだ。この人物、

確かにどこかで出会っている筈なのだが、一体全体何処の何者だったかな」

その、ほんの僅かな枚数の写真の中から、ただ一枚を抜き取ると赤い硝子のレンズ越しにしげしげと見つめました。その言葉もその造作も、すべては大げさな欺し芝居のようでしたが

くるりと裏返して見せたその一枚は、確かに先刻は含まれていなかったはずの『ジョーカー』の切り札でした。

「君なる解るだろうか?善良で博識な、何事にも明確に答えを返してくれる君ならばね」

唯の写真は剃刀のように瀬生博士の元に突きつけられました。

 

 ガン・ホーの胸の扉を開いて、しっかりと手足を伸ばし、真直ぐな視線のその先に、なにかを見据えて退かない姿。ZZZ団の戦争機械に屈することなく立ち向かったその人影は

例えひどくかすれた電送画像でも、そうと知る者にははっきりとわかるもの。それは瀬生博士がこの世でいちばん愛して止まない、

たったひとりの息子の写真でした。

「た、タケル!どうして、どうしてこんな・・・ところに・・・」

「おお、タケル君と言ったか。まことに親の心子知らずで、君が生み出した者達は、とんだ似た者同志という訳だな」

総統は無機的な銀の仮面の下で、有機的に口元を歪めて笑いました。

「さて、この少年はどうやら健気にも君を探しにはるか地の果てまでやってきたらしいとそういう訳なのだ。

 我々ZZZ団としてはもちろん父子を再会させて目出度く故郷へお連れ申し上げるとは更々行かないものであるからして、

 何分ともこの二人連れの行く手を遮らねばなるまいよ。何しろこのタケル君もガン・ホー君とやらも、こんな辺境を彷徨わせて放って置くには少々危険な存在である。

 我がZZZ団の秘密拠点までやって来られて玄関先で泣かれては迷惑な話であるし、むしろ何処かの何者に人質にでも捕らえられては叶わぬからな。

 『息子の命が惜しければ瀬生博士をこちらに渡せ』などと脅迫を受ける前にさっさと地上から消し去ってしまった方が、これは余程我輩には都合が良い。

 おやどうしたね瀬生博士、先刻より随分と顔色が悪いようだが」

「貴様・・・それを、それを人質というのだ・・・」

「いやいや大変な誤解ですな。我々はただただ如何なる挑戦をも受けると、そう言っているのですぞ。子供を人質にとるような輩よりは、

 子供であっても全力で叩きのめす方が、これは立派な社会の行為である。それともご子息の命は惜しいですかな、実に人間的な心情ですな」

頭を抱えてテーブルに突っ伏してしまった瀬生博士の頭上から、ZZZ団の総統は遠慮仮借無く言葉を投げつけました。ただ一人の人間がやはり一人の人間に対して発した言葉でも

それは大砲のように轟き響いて伝わりました。

「俺と共に来い、瀬生草蔵。屍山を越え血河を渡るこの一本道を、我々は手を携えて歩んでいくのだ。我等が約束の土地、髑髏のみが真実を語る欺瞞と虚飾を剥ぎ取った場所へと。

 そこでしか見えない景色を見、そこでしか聞こえない音楽を聞き、そこでしか達し得ない高みに至る為に、来い」

 

総統は瀬生博士の腕をやおらつかむとぐいと自分の胸元に引き寄せました。白い手袋に包まれたその指はか細くとも離れず、他人の意志をねじ伏せんとする自らの意志に満ち、

そして苦悩する瀬生博士の姿は、銀の仮面の真っ赤な眼窩に歪んで映り込みました。

 

「この素晴らしい戦争の世界へ!」

 


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