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 宇宙に涙は流れない。僕は泣かない。

初めての出撃で五人の仲間ともっと大切な物をなくした時に、僕の涙は止まってしまった。

 

*                          *                       *

 

 多分、最初に「戦争」を感じたのは従姉のジェーンが勲章をぶら下げて帰ってた時だ。

それまでは、どこか遠くで知らない誰かがやってることだったのに、突然僕のすぐそばに立っていたんだ。

 「スロットマシーンなのよ・・・」 

お祭り騒ぎが終わって夜になって、みんなが寝静まってから、ベッドの上でジェーンは僕を抱きすくめて泣きだした。

彼女の左手は機械になってたので、少し冷たかった。

僕はその時に初めて、ああ、今は戦争なんだなってことを自分の肌で感じた。

それでもまだやっぱり「戦争」はどこか遠くで知らない誰かがやってることのはずだった。

「学徒動員」なんて言葉は歴史の教科書でしか見たことのない単語だった。

「歴史は繰り返す」ってことも確か教科書のどこかに書いてあった。

 

 昼寝の合間に運良く取ってた単位のおかげで僕は伍長に昇進できた。

ただの戦時任官で正しくは「伍長勤務上等兵」なんだけど。

ま、「伍長」のほうが通りがいいね。分隊長になるだなんて、エレメンタリー・スクールの級長になって以来の快挙じゃないかな。

おかげでポーカーで三度に一度ぐらいは強気の勝負が出来る程度に給料が上がり、

代わりに仲間はもう「伍長」としか呼んでくれなくなった。

 「おい伍長、ヒゲ剃り取ってくれよ」

とか、そんな感じ。嬉しいやら哀しいやら。

 僕らが使う装甲戦闘服は、誰がどう見たってタマゴに手足をはやしたようにしか見えやしない。

いろんな連中がいろんなアダ名をつけてたけど、僕らが一番気にいってたのは「ミスター・イースター」ってやつだ。

復活祭の魔法のタマゴ、迷彩塗装でご出動。中には何が入ってる?開けて、ビックリ・・・

多分、生卵をぶつけられてもビクともしないだろう、水鉄砲でも大丈夫。

でも演習場で運悪く、レーザーカノンが直撃しちまった日には、そんときはみんなで

 「こいつはとんだミスター・イースターだぜ!!」

って叫ぶ羽目になる。

 

うわさじゃ敵軍の機動兵器は全部自動制御のドロイドなんだそうだ。ひどく割に合わない話だ。

 

 そんなこんなで仲間と一緒に、歌ったり踊ったり喧嘩したり襲撃訓練を繰り返したりしてるうちに戦況はどんどん悪化して

僕らも月面駐屯地に打ち上げられることになった。

 「0500に離床予定、食事はとるな」

 「離床(launch)なのにメシ抜きかよ!」

100年前の冗談だ。

 

 月面基地でようやく本物の「宇宙用」装甲戦闘服を受領した。こいつが僕らの一張羅。本物のバーナー、本物のレーザー、本物のシーカー。

そして本物の白色低視認迷彩は、いやはやまさしくこいつはタマゴだ。ミスター・イースター、ゴーズトゥスペース!

 おかげでそいつの中に収まると、誰が誰だかわかりゃしない。識別点はただひとつ、上面ハッチの機体No.だけになる。

あとはみんな一緒。おなじ装甲服におなじ塗装、六個パックのタマゴが皆で、敬礼、突撃、例し撃ち、だ。

(僕の装甲服だけは分隊指揮用だったんで感知器が増設されてた。「伍長勤務の特典その2」だ)

機体No.UだのVだのWだの、アルファベットで呼ばれてるだけじゃシャクだってんで、みんな競って自分の装甲服に落書きをしたわけさ。

「輻射熱の適正分布を阻害する」とかいう理由で再塗装は軍紀違反だったんだけど、

輻射熱の適正分布よりも大切なものがあったから、誰も気にしちゃいなかった。

デューラーは騎士の兜を書いた。エッシャーはクマの頭だ(本人だけはオオカミだって言い張ってた)、ワイエスは青い稲妻。

ビアズリーは芸の細かいところを見せて「A.ビアズリー大佐(予定)の勲功及び昇進、除隊後の幸せな人生の年譜(名場面挿絵つき)」

なんてのを横っ腹にびっちり書き込んでた。

ヤマガタは変わった奴で横と縦に二本づつ棒が組み合わされた妙な記号を書いていた。そいつはなんだって訊ねてみたら

 「御守りだ。ションベン弾なら、これで防げる」

だってさ。「ジンジャーのトリー」なる、謎めいたシンボルだ。

 僕はさすがに分隊長だったんで、あんまり派手なことは書けなかった。「伍長勤務の失点その2」だね。

仕方なく、小さくそれでもくっきりと、自分の名前を書いといた。

級長のバッジだ。

よその部隊で、誰だか知らないけれど随分度胸のある奴がいて「HARD BOILD」なんて書いてる機体があった。

その後どうなったんだろう?ハードにボイルされてなきゃいいけどね。スクランブルかもしれないけど。

 

 昔から信心深い方じゃなかったんだけど、僕が本当に無神論者になったのは多分その頃だ。

初めて軌道上に出て完熟飛行をしたときに、星の光を見ながら、神様なんていやしないんだなって、なんとなく思ったんだ。

星は、ずっと遠くから輝いてる。その光は、なんていうか「光るだけ」で少しも照らしてはくれないのさ。闇は、闇のままなんだ。

おまけにその小さな光点だって、今現在ホントに光ってるのかどうかなんてわかりゃしない。騙された気分にもなるよ。

(ためしにそこまで行ってみたら、でっかく「ハズレ」なんて書いてあったりして)

 手も足もひどく邪魔で重い。無重量状態なのに、なぜだか重いんだよ。左腕のレーザーを目標に指向させるだけでもとんだ一苦労だ。

足なんて展開機動を行うときには、なんの役にも立ちやぁしない、ただの飾りだ。

神様なんていやしないのさ。もし本当に神様がいるんだったら人間をもっと宇宙戦闘に向いた身体に作ってたはずだから。

 

自動機械に頼りたくなるのも無理はない。

 

 そして半人どころか四分の一、いや四百分の一人前ぐらいの宇宙歩兵になったところで、いよいよ実戦投入だ。

「外星系から封鎖網を突破してくる輸送船団に対する支援行動の欺瞞攻勢の陽動攻撃の別働隊のナントカ」に、一同揃って駆り出される。

少尉殿が言うとわかりにくい任務のように聞こえるけど、「伍長」が翻訳すれば話は簡単、要するにこれはいわゆる「ネズミ捕り作戦」ってやつ。

ネズミがいたら、捕まえる。ネズミじゃないやつがいたら、そのときは

 「そのときはレーザーをぶっぱなすのさ」 

どんな馬鹿でもできる仕事。どんな新兵でもできる任務。ネズミを見つけて、捕まえろ。僕らはラットイーターだ。

慣れ親しんだ一張羅に、するりそろりともぐり込む。酸素オーケイ、感知器オーケイ、レーザーオーケイ、多分、きっと大丈夫。

 マン・ホールのフタみたいにハッチががばりと降りてくるとちょうど口元、キスができそうなあたりに、

酒保で買った「オードリー・H」のブロマイドが貼ってあるのは仲間も知らない僕だけの秘密。

気密服のバイザーが邪魔してキスなんてできやしないんだけど、これもささやかなお楽しみだ。

ところで、「オードリー・H」っていったい誰なんだろう?ショートヘアーの、可愛い目の・・・

・・・低温睡眠のまどろみのなかで・・・微笑み見続ける・・・・・・

 

 「中隊長より全機へ、無線封鎖解除。各分隊斜形六角編隊を保ちつつ前進せよ。目を覚ませ、ネズミ喰いども!」

 

 ダミ声のモーニングコールと首筋にちくりと刺さる覚醒剤でも目を覚まさないやつがもしいたら、そいつは戦闘犠牲者第一号。

きっと睡眠装置が効きすぎたんだ。幸い仲間は全員無事に目を覚ました、寝坊すけのマヌケはいやしない。

全天に星々の広がる宇宙空間、ここが僕らの戦場だ。どんな天国よりも綺麗で、どんな地獄よりも冷酷。

ノイズ。そして悲鳴。

 

宇宙にネズミはいなかった。あたりまえの話だ。

 

 「・・・前方の宙域に敵兵力!」

 「・・・データにないタイプの・・・」

命令、悲鳴、ノイズ。命令、命令、悲鳴、悲鳴、悲鳴。ノイズ、悲鳴、ノイズ、命令、悲鳴、命令、ノイズ、ノイズ、ノイズ、ノイズ・・・・

見えない敵の、見えない光。音のない爆発とそして、無。

お利口なAIはミーミーミーミー喚き散らして機体No.UだのWだのが消失していくことを教えてくれたけれど

モニターの向こう側ではワイエスやヤマガタやエッシャーやビアズリーやデューラーやもっと大勢の仲間達が

待ちかねていた戦闘機雷の大歓迎で、蒸発したり粉々になったり穴だらけにされたり宇宙の果てまでぶっ飛ばされたりしてたんだ。

 ジェーンの言ってたことがやっとわかった。

 

こいつはスロットマシーンだ。

 

僕らを貪欲に飲み込んで、ブリキのメダルじゃ魂は払い戻せない。

アッという間に中隊は四散、小隊は壊滅。そして分隊は、五人の仲間は、もう誰もいない。

 「それではみなさんさようなら。級長だけは残りなさい」

先生の目を盗んで逃げ出すことなら大得意、僕はきびすを返して全開噴射で脱出した。

教本に「これだけはするな」と書かれていたことは大抵あらかたやってみた。

お利口なAIに負けないぐらいの大声でみーみーみーみー泣きわめいて、慌てて、騒いで、焦って

そこら中に狙いも付けずにレーザーを撃ちまくり、推進剤を無駄に使い、ジャミング抜きで救難信号を発信し、通信機に怒鳴り続け、

右も左も上も下もないところで右往左往だ。

 でもそいつらは、ネズミじゃないやつらは、レール・ガンの弾が尽きたからって僕を放っておいてはくれなかった。

ふとっちょのミスター・イースターよりもずっと大きな加速度で、ぐんぐんぐんぐん僕に迫り、近づき、

すぐ目の前で、星になった。

装甲服は間違えて電子レンジに放り込まれたタマゴみたいにはじけてひしゃげて潰れて砕けて、

破れた気密服の内側から僕の血や汗や、涙やもっと大事なものがどんどんどんどん流れだし

「オードリー・H」もどこかに飛んでいってしまった。

「輻射熱の適正分布」なんてクソ食らえ、僕にはもっと大切なものがあるんだ。「機体No.S」でも「伍長」でもない「僕」がここにいて戦い、

そして

 

死んでしまうことを、

 

誰かに

 

知ってほしかったから。

 

せめて機体を拾いに来た誰か敵でも味方でも構わないからどこかの誰か僕を見つけてくれた誰かに僕の名前ぐらいは教えてやれれば――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局誰も来なかった。

 

*                          *                       *

 

 そんなわけで、僕は今でもここにいる。

宇宙に涙は流れない。それはみんな凍りついて僕のまわりに宿る。

 

そのまま、小さな星になる。

 

 


 

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