第三話「独立砲戦車隊」(後編その2)

 


「いやだと言われてもなぁ」
 苦虫を噛み潰したような山田中尉。
怒るような嘆くような、どこにも届かない情念を抱えたタケルには、すっかり手を焼いている様子。
理屈の壁を感情の砕槌で突破してきた人物には、鏡を相手にお手玉をするようで、存外組みし難い相手なのです。

一同みな思案顔の中、話しかけるともひとり言ともつかぬ声で語りかけたのは常日頃は無口な伊勢崎軍曹でした。


「誰が何かについて『嫌だ』と思うこと、世の中の何事かに反対することは、それだけでも十分、ひとが行動を起こすための原理となり得るでしょう。
 たとえそれが、全世界の人間から否定されるようなことであったとしても、一個人の立場では正義であり、真実でもある。
 もしもそういう類の真実を心に灯すつもりならば、それに伴う敵意も憎悪も一身に受けるほどの覚悟が必要となるのでしょうが、
 そう覚悟、ですね。君にはそういう種類の覚悟はありますか?」

 タケルは黙して答えません。ただじっと自分に投げられた言葉を噛みしめ、考えています。
兵隊の目は少しやさしくなり、目の前の少年を見ながら、同時にどこか遠い場所を眺めるような顔になります。

「ぼくは――」

 ようやく絞り出された少年の声をさえぎって、伊勢崎軍曹は言葉を続けました。

「でも矢張り、君のような年頃の子がこのような場所にいることが正しいとは言えません。
 ねえ君、タケル君。本当にお父様を助けたいなら――」

伊勢崎軍曹の声にも目にも、なにかとても重大な秘密を解き明かすような様が浮かびました。丁度道を外れた旅人が、迷い子に道標を示すように。

「学校にお行きなさい。大勢の人々と知り合い、友達を作って色々な考え方を学ぶのです。
 そのことがまさしくZZZ団のような集団を世の中から消し去り、君のお父様を救い出す事へとつながっているのですよ」、

「でも、それじゃあ、そんなことじゃなんにも出来ないよ!ぼくが学校に行ったからって、それでお父さんが助かるわけが無いよ!」
「そうでしょうね、きっと。君の言うことも矢張り正しい」

伊勢崎軍曹はまた、じっと黙ってタケルを見つめました。

「まぁ、なんだよなぁ、つまりこういうことだろう?」
加須軍曹が二人の間に助け舟を出します

「人間誰だって、簡単でわかりやすい方法で物事を解決したくなるもんだ。例えばほら、蓄音機が壊れたらひっぱたいて直すとかさ」
そう言ってちらと目を横にやったのですが、目を向けられた方はさっぱり気がつく様子もありません。

「でもね、ゆっくりでもいいから時間を掛けて取り組んだほうが解決する問題だってある。例えば蓄音機が壊れたら
 故障した部品が何かを突き止めて、そこを修理したり交換するとかだ」

「お父さんは蓄音機なんかじゃないよ、今だってきっとひどい目にあってる!だからすぐに助けにいかなきゃいけないんだ、早く、急いで・・・」 

「君がそんな危ないことをするなんて、捕まっている君のお父さんだってきっと望まないよ」
一心不乱なタケルの叫びでも、羽生伍長は首を縦には振りません」

「確かに、瀬生博士は私達が博士を助けることなど望まれないでしょう」

ガン・ホーは静かに言いました。

「それはきっと、私達が博士を助けたいと思うことと同じぐらい強く。おそらく私達の『感情』はひどく間違った方向へ延びているのでしょう。
 それでも私達は進みたい、前へ向かって。自分たちのこころが、目指す所へ」

「ぼくは、間違っていたっていいんだ。誰になにを言われてもかまわない。だけど、ね・・・」

少年は目の前にいる人々を見つめました。

「うそはつきたくないんだ」

小さな決意と小さな覚悟を、心に灯して。

「でよ、そりゃ一体どこなんだよ。お前の親父さんがとっ捕まってるところってのはよう」
ぶっきら棒に尋ねた久喜曹長のことばに、タケルは急にしょんぼりして答えました。

「ううん、実はお父さんがどこにいるのだか全然わからないんです、行く当てなんて、ほんとうはないのに」
「ですから、我々は貴方がたがなにか手がかりをご存じないだろうかと思いまして」

ガン・ホーも高いところから頼み込むよう、頭を垂れて訪ねます。

「あきれた連中だなおい」
「面目次第もありません」
妙に偉そうな久喜曹長と、妙に畏まったガン・ホー。

「北・・・かな。一口に満州って言っても馬鹿みたいに広い土地だが、少なくとも長春より南でそんな連中がのさばってるとは聞かねえな」

 山田中尉は雲の形を描くように、茫漠とした顔で言いました。伊勢崎軍曹が、順々に言葉をつなげてそれを補強します。

「北満はいってみれば空白地帯です。ロシア、モンゴル、中国と三国が国境を接してはいますが
 どの国のどの政府もお互いに明確な線を引けていない。
 誰もそこまで手が届かないのですね。様々な国籍の人間が行き来していますが、
 それを良いことに馬賊やらなにやらが闊歩しているとも聞きます。満足な取り締まりも行われはいない。
 我々、中国大陸派遣軍は都市とその周辺、交通網を警護するのが精々で、内陸奥地に兵力を展開している訳でもない。
 彼の地の実状については我々もほとんど知りえていないというのが本当のところです」

「そこまでやってたらただの占領軍だものなあ」
加須軍曹がぼんやり言いました。

「ああ、そういや第一中隊の連中もなんか言ってたな。爆発がどうとかデカい機械がこうとか」
「大型機械ですか?」
山田中尉の言葉にガン・ホーがなにか考え込むような声を出しました。

「ZZZ団ならばなにかそういうものを運用していると思うのですが」

「彼らが本当に満州に支配地域を確保しているならば、その可能性はあるでしょうね。
 実際、ZZZ団が戦場でいくつもの種類の戦争機械を使用したことはよく知られています。
 タケル君が遭遇した『飛行要塞』もそのひとつですよ。」
実際、伊勢崎軍曹がここまで饒舌に喋るのを見るのは戦車兵達にとってもはじめてのことでした

「それじゃあ、北の方角に行ってみます。もっと詳しいことを知っているひとがいるかもれないしね」
少し元気をとりもどして、ガン・ホーに向かうタケルの襟首を、山田中尉はむんずとつかまえました。

「おいコラちょっとまて二人とも。問題はまだ片付いちゃいねえんだ。オレはお前らをとっ捕まえてこいと命令された。
 軍人にとってこれは絶対だ。いくらお前達に同情しようが共感しようが黙ってこのまま通り過ぎるのを認める訳にはいかん」

まるで関所の代官のように融通の効かぬ有様。困まりきった顔をしたのは久喜曹長でした。

「あの、中尉殿、もしやこちらさんと『二回の表』から始めるつもりで」
「あったりめえだ」
「なら我々またコテンパンになるのが落ちですよぅ」
「それがどうした」
「いや、ですからやめときましょう」
「九回の裏でも延長十八回でもやるといったらやるんだよッ」
「負けちまいますぜ、いや事によったら殺されかねねえと思いますが」

「馬ッ鹿野郎、最初から負けると決まってれば戦わなくていいのか、あぁん?そのようなものを軍人とは言わんのだ。勝とうが負けようがな、

 軍人たるものひとたび大命が下ればそのままに戦わなければいかんのだ。自分達にそのための力があり、そのための魂がある限りはな」

 山田中尉は立ち上がって、二式砲戦車『ホイ』をじっと見つめました。

「・・・旅人よ、ラケダイモンに行きて伝えよ」
伊勢崎軍曹の呟いた囁き声は誰にも聞こえません。ましてやその口元に浮かんだ皮肉めいた笑みも、誰にも見えません。

「だからな、タケル、それにガン・ホーよ。お前達が抵抗するなら、オレはここで戦わねばならん。
 お前達が逃げ出すなら、オレはどこまでも追わねばならん」
 
 一歩、また一歩と軍靴の響きは戦車の下へと近づいて行きます。
地面に座り込んでいた久喜曹長以下の面々も、憑かれたようにはっと立ち上がりました。
兵隊達の見つめる先は、軍刀を佩き拳銃を携えた機甲兵種中尉。取り落とした軍帽を拾い上げ、直ぐに被る背中からはその表情は伺えず。

「ぼくは中尉さんと戦いたくなんてないよ!」
「それを決めるのはお前じゃないんだ」

タケルの声はその背中を越えては届かずに、まるで堅固な装甲板が立ちふさがったように弾かれました。

「どうしてさ、そんなのってないよ・・・」
「どうしてかって?」

余人に見えぬその口元は「ふ」という形に開かれ、真っ白な歯が浮かびます。

「それはな、オレたちが戦車兵だからだ。この鈍重で薄鈍の鉄牛が動いていける所なら、オレ達はどこまでだって進むのさ。そう、それだからな」

山田中尉はひらりと二式砲の機関室に飛び乗り、流れるような動きでさっと拳銃を抜き放ちます。

立ちすくむタケル、驚愕する戦車兵達、巨躯をきしませるガン・ホー。

誰もが凍り付いた沈黙の中で、高らかな言葉が響きました。

「この戦車は故障だ!たった今からな!!」

足元に向けられた銃口から打ち出された弾丸は、機関室の鎧戸を抜けて、発動機の中へと打ち込まれたのです。

「戦車が故障じゃ仕方がねえな。お前らがどこに行こうが俺たちは後を追えねえ。好きなところに行くがいいさ」

肩をすくめた山田中尉の口元は「ははは」という形の笑顔を作りました

「中尉さん・・・」

「タケル、宮本武蔵の『一乗寺下り松』を知ってるか?吉岡の頭領は十かそこらの子供だったけどな、武蔵は遠慮なんぞせずに一撃でお陀仏だ。
 けれど誰も武蔵を卑怯だの人でなしだのとは言いやせん。戦場ってのはそういう場所、覚悟ってのはそういうものだからだ。
 お前達がこの先どこへ進もうがどこで野垂れ死のうがオレの知ったことか」

相変わらずに言葉はきつくても、山田中尉はほんのすこしやさしい顔になりました。

「でもなあ、オレの知らないところで勝手にくたばったりするんじゃねえぞ。親父さん、絶対に助け出せよ」
「は、はいっ、ありがとう・・・ございます」

タケルはぺこりと頭を下げてお辞儀をしました。

ほかの面々も「それじゃあ」とか「がんばれよ」などとにこやかに挨拶します。

「それでは皆さん、ご縁があったらどこかでまた」
「おいおい、出会ったらお互いまたドンパチだぜ」

真面目に言うガン・ホーに、合いの手を入れる久喜曹長。みんな声を上げて笑いました。


「それじゃあ行こう、ガン・ホー」
「ああ、行くとしよう」

慣れた手つきで腕が下ろされ、手のひらにひらりと乗ったタケルが持ち上げられます。


「ありがとう、さようなら!」
タケルは手を振って、みなに別れを告げました。ガン・ホーもくるりと頭を後ろに向けて、『目』をまたたかせた挨拶を送ります。

小さな少年を乗せた大きな機械人間は、足音も高らかに遠ざかって行きました。まだ見ぬ地平線の果て、遥かに遠い何処かを目指して。

*                         *                            *


「手が生えてるってのは便利だなぁ」
誰に言うでもなく、山田中尉はしみじみひとりごちます

(オレの戦車にも手が生えていたらどうだろうか)

 寒気を起こすようなものを想像して、思わずぞくりと身震いするのです。
そんな感情を振り払うように、大声を出して命令を告げました。

「よーっし、加須!大隊本部に連絡だ。『我レ当該目標ト接敵交戦スルモ 如何ナガラ逃亡ヲ阻止シエズ 接触ヲ絶ツ』とでも言っとけ」

「ははは、まあなんとかでっちあげますよ」
加須軍曹は苦笑いしながら戦車のほうに向かいました。

「やれやれずいぶんくたびれたなぁ、残りは全員小休止だ」
うーんと背伸びをすると、山田中尉は地面にどっかりあぐらをかいて座り込みます」

「しかしあのガキ、オレの弟とたいして変わらない年頃だろうになあ。家族ってなぁそんなに会いたいもんか?」
「まだ子供なんだし、しょうがないですよ」
そういう羽生伍長も、まだまだ少年とよべる年頃なのです

「ふん、手前もたまには親御さんに会いたくなるんじゃないのかい」

「いえ、軍務についている以上は家族のことより軍人であることが第一です」

(最近手紙が届いてないけれど、父さんも母さんも元気にしているかな)

少しだけ目元が潤む羽生伍長ですが、汗と埃に紛らせて

「今は、隊の皆が家族同様のものと心得ております!」
背筋を一本ぴんと張り詰め、紅顔に凛々しい表情で答えました。

「おおっ、いい事言うじゃねえか羽生よう」
山田中尉が力いっぱい背中をどやしつけたので、忽ちげえげえ咳き込んでしまったのですが。


「中尉殿のお父上はお元気なのですか?」
「オレの親爺かぁ?むむむ、そうさな。確かボルネオの密林に棲む人喰い虎を退治してくるとぬかして以後音信不通だ」
 
「そりゃまた随分無茶な・・・あ、ああするとその、お亡くなりになったので」
聞いてはいけないことを訪ねた、と思った久喜曹長はびくびくしながら言葉をつなぎました

「んな訳ねえねえ、どうせ土民に大法螺吹いて尊敬でもされてんだろうぜ。『我こそはかの山田長政十三代目の子孫』なんて言ってな」

可々とあふれる笑い声をよそに、伊勢崎軍曹はもう頭を垂れて眠り込んでしまった様子。

*                         *                            *


「ふーむ」
十分に距離を置いた丘の頂から、一同をずっと監視していた「目」の持ち主は双眼鏡を降ろして考え込みました。
その姿は草むらに紛れ大地に溶け込み、誰の目にもそれと気づかせること無く一部始終を見守っていたのです。

「あれじゃどっちが勝ったんだかわからないなあ」
謎の青年は口の端に苦笑いを浮かべました。

「ともかく、あのロボットの方を追うとしよう・・・む」
その時、遙か彼方の遠くからオートバイの近づく音が、聞こえてきたのです。
謎の青年はするりと草陰に身を潜ませ、最前からのように風景のなかに姿を消しました。

戦車兵達がその音に気づいて立ち上がったのと、車内から加増軍曹がなにか考え込む様子で顔を出したのとは、ほとんど同時でした。

「中尉殿、本部から伝達であります。既に伝令一名を派遣したにより、当人搬送せしむる作戦指示書を受け取るべしとか」
「うむ、どうやら丁度お出ましのようだぜ」

「は?また随分と早いような」

「おかしいですね」
伊勢崎軍曹は目を細く見開きました。
「このような時点で接触があるということは、あの伝令はどう考えても我々が“Maschinen Mensch”と接触するよりも以前に送り出されている筈です。
それは、つまり――」

「命令変更があったってことかな?」

一同の前に停車したオートバイから、土埃りにまみれた伝令兵が降り立ちました。
「独立戦車第一大隊、第五中隊はこちらでしょうか?」
防塵眼鏡を持ち上げると、ちょうど目もとだけがくっきり綺麗に浮かびます

「むむ、まあ確かに編制上はそういうことになるが」
たった一輌の戦車を従え、山田中尉はすこし怪訝な顔で応対します。

「ロボットは見つけたんだがなー、いやあ話せば長くなるが大激戦でな」

棒読みの台詞をよそに伝令兵はさっと気をつけの姿勢をとります。

「大隊本部より伝令ッ!第五中隊は爾後当作戦書に従い行動すべし、終わり!」
いちどきにまくし立て、雑嚢の中から通信筒を手渡しました。

「お、応よ・・・了解した。本中隊は爾後当作戦書に従って行動する」

「では先を急ぐので失礼致します」
伝令兵は踵を鳴らして一部の隙も無い挙手の礼を取ると、素早くオートバイに飛び乗って、一陣の風と共に走り去って行きました。

「お、おい何もそんなに・・・」
「逃げてかなくともなあ、別にこちとら取って食おうって訳でもねえのによ」
加須軍曹と久喜曹長は顔を見合わせました。羽生伍長は遠ざかる伝令兵のオートバイを呆然と見つめています。

「なんだってんだ一体、大隊長め」
山田中尉はぶつぶつ呟きながら通信筒の蓋をあけました。

取り出した命令書を読み進めるうちにみるみる頬を上気させ、掴んだその手にはギリギリと力がこめられていきます。

「む、旅団命令か?な、なんじゃこりゃぁっ!!」
腹をすかせた虎が腹を立てたような怒号がひとつあがりました。
そのまましばらく、氷の彫像のように身じろぎひとつしません。

「ど、どうしたんです」
「あ?ああ、ロボットの捕獲は中止だとさ」
茫然自失の山田中尉はふと我に帰りました。

「そりゃあ結構ですな。これでもうあのデカブツと一戦交えずにすむわけで」
久喜曹長の顔がぱっと輝きました

「それだけじゃねえ。独立混成第一旅団の本国撤収が決まったそうだ」
「じゃ、じゃあ内地に帰れるんで?」
一同の顔に笑みが広がります。伊勢崎軍曹でさえ、ほうと口の端に驚きを浮かべました。

「いや・・・そうも行かん、俺たちは当地に残留して独立した偵察・遊撃部隊としての行動を取れとよ」
「いっ!?、いくらなんでもそりゃあんまりだ、朝令暮改とはよく言いますが・・・つまりは置いてきぼりにされたと、そういう訳でありますか?」
加須軍曹は眼鏡がずり落ちそうになるぐらいに驚きました

「ああ、そういうことだろうぜ!畜生、大隊長め、人使いが荒いぜ。どうして軍隊ってのはそんなとこだけどな」
山田中尉は命令書をぐしゃぐしゃに丸めると、軍服のポケットに放り込んでしまいました。

「そんなことは百も承知ですよ」
久喜曹長はまったくもって慣れ親しんだ風に頷きました。

なにを聞いても伊勢崎軍曹は落ち着いたままです。まるでどこか達観した有様。

「大陸派遣軍がすべて消え去る訳でも無し。友軍はちゃんと残っているのでしょう。機甲戦力は派遣当初から装備過剰と言われ続けてましたから・・・
 言ってみれば我々は、厄介払いでしょうか」

「むしろこいつは厄落としだな。最初っからそのつもりだったんだな、あの狸め」
山田中尉は深いため息をひとつつきました。こころなし肩を落として、流石に元気の無い表情です。

「加須、お前には貧乏クジ引かせちまったな。レコード、聴きたかったんだろに」
「ああ、そうでしたねえ・・・そんなこともありましたねえ・・・」
太平洋の向こう側よりも遠く、日本海溝の底よりも深いどこかに、加須軍曹は行ってしまいました。

「中尉殿、中尉殿は先刻、軍人の本分は命令に従うことだと仰いましたよね」
らしくもなく落ち込んだ山田中尉に羽生伍長が真剣な面持ちで問いかけました。

「ああ、その通りだ。いや、別にオレは命令が不服だってんじゃねえぞ」

「いえ、そういうことではなく・・・思い出したのです、
 自分が生まれて初めて兵営の門をくぐった日、右も左もわからなかった時に叩き込まれた本分は、軍人とは国を護るものだということです。
 ひとくちに国、祖国といっても、それはただ領土ではなく、国体でもなく、そこに属するすべてのものなのだと。いうなれば山河も草木も、
 それは護るべき価値のあるものなのだと自分は薫陶を受けました。
 自分は今外地に在り、任務に服しています。国を離れ幾千里といっても、自分の確たる本分は、いささかも変わることはありません。
 そしてあの子もあのロボットも、矢張り自分が護るべき祖国の一部です。ですから、あの子達と一緒に行くのはどうでありましょう?
 どうせだったら親御さん助けるの手伝ってあげましょうよ、我々で」

いちどきに言うと、照れ臭そうな微笑みをそっと浮かべます。


「そいつはいいや、差し詰め自分等は親孝行の助っ人ですよ。義を見てせざるはなんとやら、でしょう」
 何事にも面倒くさげな久喜曹長も珍しく喜んで言いました。

「ああ・・・いいですね・・・それ」
「独立した遊撃隊なら、自由に動いても良しということでしょうね」

残りの二人にも異論はありません。

山田中尉はみんなの顔をゆっくり見渡しました。と、やおら両手で自分の頬をばちんと叩いて気合一発――

「ようっしみんな、お前らの命はこのオレが預かった!これから先、例え地の果て地獄の底まででも、黙ってオレについて来い!」
「はいっ、中尉殿!」
「全員乗車!日が暮れないうちにあのガキとデカブツに追いつくぞ」

「あ、あの伝令から軽機(軽機関銃)ぐらい分捕ればよかったなぁ」
「勘弁してくださいよ、我々追い剥ぎじゃないんですから」
物騒な冗談にも、笑みで返せる余裕が生まれて、一同はてきぱきと持ち場に就きました。
砕けた車内灯は交換され、放り出された機器は元の位置に戻されて、「人車一体」の心構えもそのままに。

「機関始動、前進用意!」
二式砲戦車『ホイ』は再びその全身に力を漲らせるかのようにぶるんと震えると、

げっぷのようにガスを一発噴き出して、そのまま黙り込んでしまいました。

恐る恐る振り返る羽生伍長。目を合わせ顔を付き合わせる一同。生まれも育ちも違えど、考えることはひとつ。

(この戦車は本当に故障しているぞ)

*                         *                            *

 満州辺土に陽は落ちて、一番星の輝く夕べ。

「はじめはこわかったけれど、みんないい人だったね」
「ああ、そうだね」

 そんな言葉を交わしながら、ガン・ホーとタケルは歩いて行きました。
行く手には何が待ち受けるか、知らざる土地にも見えざる影にも、恐れることはなく。

ただお互いを信じて、こころを合わせて。

 

 そして二人が後にした場所では、怒号と不信と諦めが渦を巻いていたのです。

「全然直らねえじゃねえかっ!」
天蓋の上に腰掛けた者が叫びました。

「それと言うのも中尉殿が妙な箇所に弾丸を撃ち込んだからであります」
機関室を覗き込んだ者が顔も向けずに答えます。

大草原の片隅で、壊れた戦車に群がって、僅かな焚き火の明かりを頼りに戦車兵達は懸命に修理を続けます。

汗と埃にまみれた顔の上に、泥とオイルで化粧を施し。

車体の下にもぐり込んだ一人は、闇にまぎれ陰に隠れ、傍目では死んでいるとも眠っているともつかぬ有様。

「久喜曹長殿。そういえばですね」
羽生伍長はふと思い出して傍らで脇でネジを締めている久喜曹長にたずねました。

「どんな相撲取りにも負けない技って結局どんなものなのでしょうか?」
「あー、そりゃあな」

久喜曹長は嫌々渋々もう結構という感じでぼつぼつ語りました。

「実は斯々云々・・・」

「・・・なるほど!確かにそいつは負けませんね」

「お前はほんとにいい奴なんだかただの馬鹿なんだかさっぱりわからんな」


夜は深々帳を降ろし、二式砲戦車が息を吹き返す様子は見えません。


「畜生、まぁいいか。ここは、星が綺麗だしな」

山田中尉の漏らした言葉にはどこか自嘲めいたものがありましたが、修理に精を出す部下には届きません。


「まったく・・・出るに出られないじゃないか・・・」
謎の青年の呻き声も、誰の耳にも届かないのでした。



つづく

 


付録:「なぜなに日本戦車」

山「おーっす、みんな元気かー、ゴハンはちゃんと食べてるかー?ここは趣味丸出しの作者に変わっていろいろ説明するコーナーだ」

タ「みんなの疑問に答えるよ!じゃあどんどん行こうねもの知りお姉さん!!」

(打撃音)

タ「は、はいっ中尉どのっ、さっそく進行いたしますっ・・・」

 

山「これが日本陸軍の主力戦車、九七式中戦車“チハ”だ。チはチュウセンシャのチ、ハはイロハのハのことだな」

タ「おたよりが届いていまーす。え〜と群馬県の会社員Aさんからです。

どうして日本の戦車は小さくて弱そうなんですか?

だって。あ、ぼくが言ってるんじゃないよっ!」

山「わっはっは、それは素人の言い草だな。いいかよく聞けボケ、日本の戦車が小さくて弱そうなんじゃねえ、

外国の戦車が大きくて強そうなだけだ

マヌケな質問をしてくる輩は精神注入棒120回の刑だ」

 

山「だいたい比べる対象が悪いんだよ、次の写真を見ろ」

 

山「同縮尺のワニと比べると大きくて強そうに見えるだろ」

タ「そうだね、ワニよりは強そうだね」

 

タ「このほかにも日本軍にはいろいろな戦車があります」

山「これは一式自走砲、“ホニ”と呼ばれる車輌だ。T型とU型があるがこいつは7糎半砲装備のT型だな」

タ「チハ車よりも大きな大砲だね。こっちのほうが強そうだ」

 

山「ところがどっこい、こいつは後ろががら空きなのさ。敵陣に殴り込んでいく中戦車と違って後方から支援砲撃するあ〜」

タ「ガンタンクみたいな役割だね」

山「今のガキにはそう言ったほうが分かり易いんだろなぁ・・・

あ、でもなホニ車T型は正面装甲厚が50ミリもあってチハ車の倍なんだ」

タ「なんでそんなに?後ろにいる車輌なんでしょ?」

山「殴り込む時にはそれぐらい必要なんだよ」

タ「後ろががら空きなのに?」

山「がら空きでも行くのだ。さあ次々。」

 

タ「じゃあこれはボールだね」

山「黙れ糞餓鬼。九四式軽装甲車“TK”、いわゆる後期改修型については別記参照のこと、以上」

タ「ひどいや、まるで原稿の使い回しだよ」

山「今回全部使い回しだけどな」

山「そしてこれが第三話の主役メカ、二式砲戦車“ホイ”だ。

一式砲が外野手ならばこいつは差詰め内野の遊撃手。中戦車よりも強力な主砲と装甲で突撃を支援するぜ」

タ「みなさ〜ん、描写能力が不足してる作者の所為でわかりにくかったでしょうけれど、こんな形をしてたんですよ〜」

 

山「こんなところかな?他にもいろいろ有りはするが・・・」

タ「あ、第三話中編に出てきた軽戦車を忘れているよ。ええっと、九五式軽戦車“ハ号”北満型です」

山「おう・・・あれか。あれはなー、まだこんな状態だ

タ「うわっ、びっくりした!」

 

山「こうしてならべると気分がいいなぁ、例え塗装がバラバラで、同じ軍隊の車輌には全然見えなくとも

なんかなぁ、戦車見てると気持ちが前向きになるぜ」

タ「後ろの人が大変だよっ!」

 

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